【内田雅也の追球】野球記者の「9・25」 時に嫌な思いもするが、心おどらせて現場に向かいたい

[ 2022年9月25日 08:00 ]

アメリカ野球殿堂博物館にあるリング・ラードナーのプレート
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 映画『エイトメン・アウト』(日本未公開)は1919年、大リーグ・ワールドシリーズで行われたホワイトソックスの八百長が題材だ。「ブラックソックス事件」と呼ばれる。裏社会から金銭を受け取ったとされる“シューレス”ジョー・ジャクソンら「悲運の8人」が永久追放となる。

 劇中、シカゴ―シンシナティ移動の列車の中、事件のにおいをかいだ新聞記者が選手たちの前で自作の詩にメロディーをつけて歌う。「オレは試合をすてるのが好き」「ギャンブラーはオレに大金を払ってくれる」

 この記者がリング・ラードナーである。野球記者の草分け的存在だ。作家として野球選手を題材にした『メジャー・リーグのうぬぼれルーキー』『アリバイ・アイク』などの小説を残している。

 きょう25日はそんなラードナーの命日である。33年、48歳で没した。

 「この世で一番みじめなのは年をとった野球記者だ」の言葉が残る。大リーグ通のパ・リーグ広報部長・伊東一雄、コミッショナー事務局・馬立勝の共著『野球は言葉のスポーツ』(中公文庫)に、最後のワールドシリーズ取材となった27年の観戦記がある。<ワールド・シリーズは大変なスリルに違いない。だが、私のような年をとった野球記者には、顔なじみの連中と昔の思い出話をするいい機会というにすぎない>。事件で裏切られた野球と決別していた。

 同じく、きょう25日は野球記者、レッド・スミス生誕の日でもある。1905年、グリーンベイで生まれている。

 「野球がスローで退屈だと思う人。それはその人が退屈な心の持ち主にすぎないからだ」の名言が残る。他にも「私はスポーツ記者になりたかったわけではない。野球記者になりたかったのだ」「一生、生粋の新聞人でいたい」「タイプライターの上で死にたい」……と生涯、取材と執筆に努めた。実際、死去4日前の原稿が残っている。

 きょうは偉大な野球記者の先人2人の忌日と誕生日が重なる日なのだ。

 阪神はクライマックスシリーズ(CS)進出への正念場、退任する監督・矢野燿大の最期が迫る。ラードナーのように嫌な思いもするが、スミスのように心おどらせて現場に向かいたい。59歳の野球記者として、心を新たにした。=敬称略=(編集委員)

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