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京産大 23季ぶり復活Vの陰に逆境でも“らしさ”見失わぬタフな4年生の姿「僕たちは子どもじゃない」

[ 2021年12月5日 05:30 ]

ムロオ関西大学ラグビーAリーグ最終節   京産大33―5関学大 ( 2021年12月4日    京都市・たけびしスタジアム京都 )

<京産大・関学大>23季ぶりの優勝を決め、ファーストジャージーに着替えて記念写真に収まる京産大フィフティーン(撮影・坂田 高浩)
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 京産大が7戦全勝の勝ち点32で98年度以来、23季ぶり5度目の優勝を決めた。前半、全敗の関学大の猛攻に耐え、後半に突き放した。2年連続で監督が代わる激動期に「京産らしさ」を見失わなかったタフな世代が復活Vを果たした。

 京産大は最終戦も粘り強かった。前半は関学大の猛攻にさらされた。最初の40分間で7度も22メートル以内に侵入を許すピンチの連続で、よりどころになったのは看板の「ひたむきな守備」だ。ジャッカルが5度決まり、トライを1本に抑えた。

 そのうち3本を奪ったプロップ平野主将は「我慢の時間帯をがんばろうと思った」と振り返った。相手を倒した後に球に絡んで反則を奪うジャッカルは、最初の一撃が効果的だからこそ成立する。4月就任の広瀬監督に、タックルを基礎から叩き込まれた。夏も秋も基本を繰り返した。

 シーズンが深まり、平野主将は「基礎から応用になった」と守備に自信を持っていた。得点力はリーグ3位ながら、通算失点は首位・同大と僅差4点の2位。堅守は、上位をロースコアに抑えたように、接戦ほど光った。試練の前半を7―5で耐え、後半はWTB船曳、CTB堀田が個人技でトライ。オールドファンがにぎわう観客席に歓喜が訪れた。

 「伝統の中で、僕たちの世代でたまたまいい結果が出た。OBを含めて京産として勝てたのがうれしい」

 平野主将は周囲への感謝を口にした。部の激動期に対応して栄冠をつかんだ。2年終了時に、47季指揮を執った大西健元監督が勇退。後任のOB伊藤鐘史氏(現ホンダコーチ)は、一身上の都合でわずか1年で退任した。

 2年連続でトップが代わりながらも、4年生はたくましかった。2カ月近く、選手だけで話し合いを重ねた時期もあった。「メンタルが揺さぶられたけど、僕たちは子どもじゃない」。平野らは主将3人体制を決め、1年間の方針も決めた。

 大西イズムの厳しさと、伊藤イズムの考えるラグビーの融合こそ、絞り出したテーマ。体を張ったひたむきな守備を土台としながら、「こんな練習がしたい」と広瀬監督に提案し、懐が広い新指揮官もそれを受け入れた。

 8月にコロナ陽性者が出て、1カ月の部活休止を強いられながらも、力を落とさなかった。前回優勝の98年度に生まれていた選手たちはタフだった。逆境をはね返し、四半世紀近い空白を埋めた。(倉世古 洋平)

 ▼京産大・大西健元監督 全国大学選手権で早大に初めて勝った93年度は、広瀬(現監督)のPGで得点を重ねた。今年のチームにも信頼できるキッカー(竹下)がいた。広瀬がゴールを蹴りまくっていた頃を思い出した。

 ▼京産大OB・大畑大介氏 平野主将を筆頭に京産大らしい、体を張ったひたむきなプレーが印象に残りました。新型コロナウイルスによる部活動停止の逆境を乗り越えた後輩を誇らしく思います。広瀬さんは2つ上の先輩で、京産大でも日本代表でもお世話になりました。もの静かな方ですが、やんちゃだった私を懐深く受け止めてくださいました。47年監督を務め、今も後方支援してくださる大西健相談役の存在も大きかったと思います。

 ◇京産大ラグビー部 1965年(昭40)の大学開学とともに創部。大西健元監督が73年に就任し、同年にAリーグ昇格。同氏が指揮を執った47シーズンで、関西リーグ4度制覇(90、94、97、98年)。全国大学選手権の最高成績は4強(7回)。主なOBは、世界殿堂入りをした大畑大介、元日本代表の吉田明、田中史朗ら。

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