「橋本新会長」誕生後押し、森氏から“閣僚手形” 自民最大「細田派」名門「清和会」ゆえの復帰約束

[ 2021年2月19日 06:00 ]

東京五輪・パラリンピック組織委の理事会で新会長として承認され、あいさつする橋本聖子氏(中央)。左は遠藤利明副会長、右は候補者検討委の御手洗冨士夫委員長=18日午後4時11分、東京都中央区
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 東京五輪・パラリンピック組織委員会は18日、理事会などを開き、女性蔑視発言で会長を辞任した森喜朗氏(83)の後任に、橋本聖子五輪相(56)を選出した。蔑視発言から15日。森氏による密室後継指名で批判が巻き起こり、菅官邸の政治介入まで招いた大混乱はようやく正常化。新型コロナウイルス対策など難題が山積する大会本番が5カ月後に迫る中、難しい舵(かじ)取りは7度五輪に出場している女性リーダーに託された。

 「一連の経緯は国民の皆さまの気持ちを困惑させるものだった」。午後6時すぎに始まった新会長としての就任会見。冒頭のあいさつで女性蔑視発言に端を発する一連の問題について切り出した橋本氏はジェンダー平等について「スピード感を持って進める」と緊張した面持ちで誓った。これに先立ち行われた組織委理事会では「全力でまい進する」「尽力したい。その一心」と訴えた。

 前日17日午前中の段階でも「五輪相の職を全うしたい」としていた橋本氏だが、同日夜までに軟化。最後の最後で口説き落としたのは“大混乱の震源地”である森氏だった。組織委関係者によると、森氏が「後任を務めることができるのは君しかいないんだ」などと熱い口調で説得。その際、将来の閣僚ポストが提示されたという。

 ポスト欲しさの受諾ではなく“父娘の絆”が決意させたものだった。橋本氏が参院選で初当選し政界入りした1995年当時の自民党幹事長は森氏。橋本氏が「森氏に導かれて政界入りした」と公言するだけあって、互いに「父なんです」「娘と思っている」と言う強い父娘関係で結ばれていた。それだけに、自業自得とはいえ、長年貢献してきた五輪の表舞台から去る“父”に「ここまで言わせてしまった」との思いがあったようだ。

 日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏(84)に後を託した経緯が「密室後継指名」と批判されたことから、森氏は「自分が前面に出るのはよろしくない」と説得に乗り出すことを自重。しかし、橋本氏の固辞姿勢が予想以上に強かったことから「森色の強い橋本氏」との批判も覚悟でひと肌脱いだ格好だ。

 一昨年9月に五輪相として初入閣を果たした背景の一つが“森推し”。五輪開催都市の東京都はこれまでトップ交代劇が相次ぎ、現在の小池百合子知事も国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長との信頼関係構築には至っていない。そうした中、政府内の五輪担当トップとして同会長らとの調整を進めるなど重責を果たすことができたのも森氏に与えられたポジションがあればこそ。こうした恩義も受諾の側面としてありそうだ。

 「橋本新会長」は菅義偉首相が推していたが、コロナに対する後手対応などで内閣支持率低下にあえぎ短命視されている。一方、菅首相が散っても自民党内で力を持ち続けるのが、自身が所属し、かつて森氏が率いた清和政策研究会。党内屈指の歴史を誇る名門で、現在は細田派として最大勢力を有する。

 森氏が閣僚手形を差し出せたのは、首相経験者の重鎮というだけではなく、清和会に対する一定の影響力を現在でも保持しているため。今後は議員活動を制約せざるを得ない自身の将来像を見据える際、よりどころとなるのが清和会。議員バッジを着けて25年以上。永田町の政治力学を見通す目も養われていて、自身の背中を押す判断ができたようだ。

 ▽清和政策研究会 福田赳夫氏が池田勇人首相(当時)の「所得倍増計画」に異議を唱え1962年に旗揚げした「党風刷新連盟」が起源。派閥争いが激しくなる中で、79年に福田氏が「まつりごと清ければ人おのずから和す」との意味を込め「清和会」と命名。98年、森喜朗氏が第4代会長就任時に現在の名称に改めた。これまで福田、森両氏のほか、小泉純一郎氏、安倍晋三氏(再登板あり)、福田康夫氏の5人の首相を輩出。現在、97人が属する自民党の最大派閥「細田派」に当たる。

 ◆橋本 聖子(はしもと・せいこ)1964年(昭39)10月5日生まれ、北海道出身の56歳。84年サラエボ大会にスピードスケートで冬季五輪初出場。92年アルベールビル大会の女子1500メートルで冬季五輪日本女子初の銅メダルを獲得。五輪出場は夏季の自転車と合わせて日本女子最多の7回。競技引退後にJOC理事に就任。10年バンクーバー五輪、14年ソチ五輪では選手団団長。政治家としては男女共同参画担当相などを歴任。98年に警察官と結婚。3男3女がいる。

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