209秒の黙示

[ 2018年10月24日 10:56 ]

サヨナラ勝ちでワールドチャンピオンに輝き歓喜するランディ・ジョンソン(左)らダイヤモンドバックスの選手たち=2001年11月
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】MLBのワールドシリーズといえば、やっぱりあの試合を思い出してしまう。01年にヤンキースとダイヤモンドバックスが3勝3敗で迎えた第7戦だ。

 まず、ゲームそのものが大熱戦だった。ヤンキース有利という戦前の予想を覆し、ダイヤモンドバックスが大善戦して突入した最終戦。そのアンダードッグが終盤にヤンキースの絶対的守護神リベラを攻略し、9回裏1死満塁からゴンザレスが中前に落として歓喜のサヨナラだ。球場全体が揺れている。

 長い長い野球シーズンの最後の最後にこんな劇的シーンが見られるなんてめったにないことだが、それ以上に印象に残ったのはFOXテレビの実況だった。担当アナウンサーは決勝打の直後に「ダイヤモンドバックスがワールドチャンピオンです!」と叫んだきり、言葉を発しない。

 画面にはフィールド中央で狂喜乱舞を続ける新王者たちが延々と映し出されている。シリングとジョンソンの両エースがひしと抱き合っている。時に挿入されるのが敗者のベンチだ。うつろなまなざしのジーター。対照的にこの試合限りで現役を引退するオニールは射抜くような視線で虚空をにらんでいる。

 場内のライブ音だけが流れた3分29秒後、ようやくアナウンサーが口を開いた。「創立4年目のチームがワールドシリーズを制したのは史上最短記録になります…」と。

 あまりの好試合に言葉を失っていたとは思えない。シンプルに沈黙することで試合の感動を視聴者に伝えるのが最善だと信じて選択した行為だろう。ラジオではないのだから一挙手一投足を事細かにがなり立てるものではない。実況しない「名実況」として17年経過した今も心に残っている。

 一方で日本のスポーツ中継は言葉量が多いような気がする。ドラマチックな場面でスタジアムの雰囲気を味わいたいのに、上ずった安っぽい連呼が逆効果となって、せっかくのムードが伝わってこない、と感じるのは好みの問題だろうか。

 そう言えば今夏の高校野球でちょっと驚いた実況があった。金足農と近江が対戦した準々決勝で金足農が奇跡ともいうべき2ランスクイズを決めて逆転勝ちした、あの瞬間。NHKのアナウンサーは「サヨナラー!!」と喚声を上げた後、「金足農、34年ぶりのベスト4進出…」と言葉を継ぐまで48秒間もタメにタメた。おかげで脳裏に焼きついたのは本塁付近で腹ばいに倒れたままピクピク体を震わせる近江の捕手の姿だった。

 言葉を商売としている筆者としては悔しいけど、無言の力ってやつも認めざるを得まい。というわけで、ごちゃごちゃと長ったらしい今原稿もこの辺で終わりとします。(専門委員)

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2018年10月24日のニュース