「風雲児たち」片岡愛之助 時代劇への情熱「どんなに忙しくても年1本」年末年始もPRフル回転

[ 2017年12月31日 10:30 ]

片岡愛之助インタビュー

正月時代劇「風雲児たち〜蘭学革命篇〜」に主演、前野良沢を演じる片岡愛之助(C)NHK
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 歌舞伎俳優の片岡愛之助(45)がNHK正月時代劇「風雲児たち〜蘭学革命篇(らんがくれぼりゅうしへん)〜」(来年1月1日後7・20、総合)に主演する。劇作家・三谷幸喜氏(56)の10年越しのオファーに応え、多忙なスケジュールの合間を縫って撮影に臨んだ。それもこれも「僕はどんなに忙しくても、年に1本は時代劇を撮りたいと、いつも言っているんです」という情熱から。宣伝活動にも積極的。時代劇と歌舞伎への熱い思いに心打たれた。

 昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」の脚本を担当し、ブームを巻き起こした三谷氏の新作脚本ドラマとして、さらに「真田丸」のキャスト23人(発表分)が再集結して注目される今作。「真田丸」の後、三谷氏の新作ドラマ脚本は今回が初。原作は今年、画業50年を迎えた漫画家・みなもと太郎氏(70)の同名大河歴史ギャグ漫画。今回は愛之助と新納慎也(42)を迎え、前野良沢と杉田玄白による“蘭学事始”のエピソードを描く。

 西洋医学書「ターヘル・アナトミア」の日本初の和訳に一心同体で取り組んだ良沢(愛之助)と玄白(新納)の2人。鎖国ド真ん中の江戸中期に革命的な翻訳を成し遂げた。しかし、刊行された「解体新書」に良沢の名前はなく、名声は玄白だけのものとなった。2人の間に一体、何が起きたのか…。笑いとサスペンスに満ちた新しい三谷流歴史ドラマが生まれる。

 今年は11月しかスケジュールに空きがなく、中旬から約2週間で撮り終えた。「朝から晩まで怒涛の、合宿みたい撮影だった分、終わると非常に寂しいですね」と濃密な時間を振り返った。

 最も大変だったのは、70代の良沢を演じる際の老けメイク。特殊メイクをしたのは、テレビ東京「勇者ヨシヒコと導かれし七人」(16年10月クール)の「ゾンビ(噛みの神)ぐらいですからね」と笑いながら「何か頭にガバッとかぶればいいと思っていたのですが(顔の表面に)丁寧に1枚1枚、貼っていって。クオリティーの高さと時間のかかり方に驚きました」。特殊メイクを施すのに2時間。「70歳になったら、こんな頑固爺さんになるのかと、ちょっとショックを受けるぐらい、見事な仕上がり。未来の自分に会えたような不思議な感覚でした。とはいえ、視聴者の皆さんは僕だと分かるのかな?」と再び笑いながら「膜を1枚、貼っているので、少々のことをしても全然、顔に出てこないんです。それほど激しい表情をする年齢でもないですが、過度の演技をして、ちょうどいいぐらい」と苦労を明かした。

 三谷作品に出演したのは、同氏初の大河脚本「新選組!」(2004年)のスピンオフ「新選組!!土方歳三 最期の一日」(06年1月3日)が最初。榎本武揚役に起用された。そこから、愛之助の前野良沢で、と「風雲児たち」の企画がスタートした。なかなか実現に至らないうちに、三谷氏は先に昨年の大河「真田丸」が決定。愛之助は豊臣秀吉(小日向文世)の家臣・大谷刑部を好演した。その間、14年には三谷氏作・演出の舞台「酒と涙とジキルとハイド」に主演している。

 三谷氏と出会ったことで「役の構築の仕方といいますか、いろいろな技術的な引き出しは増えましたね。それが、新しい歌舞伎を作る時に使えたり、逆に歌舞伎で培ったことを三谷さんの作品に持ち込んだり」と役者としての幅が広がり、歌舞伎との相乗効果も。ただ、今回は「歌舞伎の手法を一切使わず、素のままに演じてほしい」とリクエストされ、挑んだ。また「真田丸」メンバーの共演者たちが少ない出演シーンでも次々とインパクトを残したことに刺激。「役の膨らませ方、振れ幅の大きさで、こんなにおもしろくなるんだということを改めて学びました。膨らませ方によって、こうも変わるんだな、と」と収穫を語った。

 11月4〜12日と出石永楽館(兵庫県豊岡市)で歌舞伎を上演し終えた2日後、同14日に横浜・緑山スタジオで「風雲児たち」の撮影を開始。同25日にクランクアップしたかと思えば、12月2日には東京・歌舞伎座公演の初日を迎えた。この間、11月17〜18日にはN響(NHK交響楽団)の定期公演(東京・NHKホール)で「イワン雷帝」のストーリー部分の語りを担当した。

 ハードな日程に、さすがの愛之助も「(「風雲児たち」の)オランダ語を覚える時間がありません。寝る時間もないので、ひたすら眠いです」とこぼしたが、原動力を問うと「やっぱり芝居が好きなので。基本、僕は芝居しかできませんから。嫌なことを無理やりさせられているわけじゃないから、楽しいですよね。そういう意味で、ありがたいと思います」と感謝さえした。

 さらに今回は、時代劇への情熱が自身を突き動かした。正月時代劇について尋ねると「役者として、これほどありがたいことはないですね。以前は年末年始に時代劇がたくさんあったじゃないですか。ふと気付くと、最近は大好きな時代劇が減っている。だから、僕はどんなに忙しくても、どんな形でも年に1本は時代劇を撮りたいと、いつも言っているんです。8月にも、京都で4日間で別の作品を撮ってきました」と打ち明けた。

 「歌舞伎俳優の身として、時代劇がなくなってはいけないと思うんですね。わびさび、忠義。こういった言葉を今の子どもたちは分からないと思うんですよ。教育の一貫だと思いますし、大事なことだから、忘れないでほしい。だから、時代劇はやりたいと常々言っています。今回は時代劇を、ましてや元日にできるなんて、こんなにうれしいことはありません。どんどん宣伝するし、年末でも年始でも、何でも喜んでやりますと言いました」。今回のインタビューもクランクイン初日と撮影終了後の12月上旬、2回も時間を割いてくれたほど。12月31日には、良沢ゆかりの大分・中津市に飛び「放送前日プレミアムトーク!in中津」(中津文化会館大ホール)に参加。来年1月1日には、東京・渋谷のスタジオからNHK「2018年新春!ニッポン“にぎわい”リレー!」(後0・15)に生出演。まさに有言実行。PRにも全力を尽くす。

 今後の夢は、歌舞伎の海外公演。来年再演される「酒と涙とジキルとハイド」は東京公演(4〜5月)に先立ち、台湾公演(3月30日〜4月1日)が行われるが、愛之助は実は歌舞伎の海外公演をまだ経験していない。20年東京五輪の来日客は「きっと歌舞伎も見ていただけると思うので、海外にももっともっと広めたいんです」。実家は船のスクリュー製造工場。ダンプカー出入りが激しく「危ないから、家の中にいなさい、と。子供同士の触れ合いがなかったので、5歳の時、父親がたまたま新聞に載っていた松竹芸能の子役オーディションに応募して」、この世界に。「役者になろうなんて、これっぽちも思っていなかった」が、9歳の時に十三世片岡仁左衛門に見いだされ、片岡一門に入門。19歳の時、二代目片岡秀太郎(76)の養子になった。「十三世仁左衛門や父・秀太郎には、本当に感謝しています。お二人に声をかけていただけてなかったら、今、役者をしていないですからね」。時代劇と歌舞伎の発展のため、愛之助は役者道を邁進する。

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