間寛平 中学校の後輩、広島・黒田をねぎらう「加賀屋の星や」

[ 2016年10月30日 07:48 ]

間寛平
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 タレントの間寛平(67)が、日本シリーズを戦い終え、引退する大阪市立加賀屋中学校(住之江区)の後輩、広島・黒田博樹投手(41)に「加賀屋の星や。ホンマに誇れる後輩や」とねぎらいの言葉を贈った。

 母校には4年先輩に巨人黄金期のV9時代に活躍した現DeNA高田繁GM(71)がいるが、黒田は25年後輩。精神的つながりを感じたのは自身が08年12月にスタートさせた前人未到の地球1周を走破する「アースマラソン」の時だった。

 ヨットで70日間かけて太平洋を横断し、09年3月11日に米ロサンゼルス港に到着。その際、知人を介して「KURODA」と名前入りドジャース長袖Tシャツをプレゼントされた。あまりにうれしくて、北米大陸でニューヨークに着く7月までの約4カ月間は「毎日、洗濯しながら、走る時はずっとそのTシャツを着ていた」という。

 親友だったロック歌手・忌野清志郎さんの訃報、空気の薄い標高3307メートルのロッキー山脈越えなど道中の苦しさも“黒田の男気”をまとって乗り越えた。直接会って、お礼を言う機会はまだないが「大スターになってしもうて。大した後輩ですわ」と目を細める。

 自らは南海時代からのホークスファン。それだけに、広島のセ界制覇が決まり、CSが始まった頃から複雑な感情を抱いてきた。ただ「(メジャーから昨年)広島に戻って恩返しする姿には涙が出てきた」といい、今季に限っては「ソフトバンクと黒田クンが戦わなくてよかった。どっちを応援したらええか困ってたやろうし」と語る。

 結果的に最後のマウンドになった日本シリーズ第3戦は仕事の合間にテレビ観戦。「145、146キロ出てたんでまだやれると思った」と前置きした上で、「よく41歳まで頑張れましたね。惜しいけど、カスカスになって限界までやるより、素晴らしい引き際じゃないですか。お疲れさまでした」と長年の奮闘を称えた。

 また、「広島の監督になってほしいけど、共演もしてみたい」。いつか大阪へ凱旋し、なんばグランド花月の舞台上でコラボできる日を楽しみにしていた。

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