今も語り継がれる「遠山・葛西・遠山」、遠山昭治氏も野村野球継承誓った「少しでも、教え伝えていく」

[ 2021年12月12日 05:30 ]

野村克也氏をしのぶ会 ( 2021年12月11日    神宮 )

00年野村監督時代、ハイタッチする遠山(右)と葛西

 浪速高(大阪)を率いる遠山昭治監督(54)も野村野球の継承を誓った。入団テストを受けて復帰した2度目の阪神時代。当時の野村監督の勧めで横手投げに戻し、松井秀喜(巨人)と名勝負を繰り広げた。99年は自己最多63試合に投げ、00年に球宴出場。「野村再生工場」で復活を果たした1人だ。

 「少しでも、その教えを伝えていく。じっくり心の中で思いながらやっていきたい。野球の基本をしっかり高校生に教えていくのが大事。いろいろな言葉を少しずつ教えていきたい」

 野村氏が阪神を率いた3年間は“弱者の戦法”として打者の左右に合わせて左腕・遠山、右腕・葛西を投入。先に起用した方を一時的に一塁に就かせ、打者1人を挟んで再登板させる秘策は「野村スペシャル」や「遠山・葛西・遠山」などと言われ、いまも語り継がれる。阪神で新人発掘に奔走する葛西稔スカウトも「感謝の気持ちでいっぱいです」と遺影に頭を下げていた。

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2021年12月12日のニュース