阪神育成1位・小野寺、高校時代「打倒平安」に燃えた“熱男”

[ 2019年12月16日 08:00 ]

虎ルーキーの素顔に迫る 最高峰の舞台にトライ 育成ドラフト1位・小野寺暖外野手(1)

意識がなくなるほど熱くなってしまうこともあった高校時代の小野寺
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 「熱男」という言葉では表現しきれないほど、小野寺暖は熱い男だ。

 2015年。京都翔英の主力として臨んだ3年夏の京都大会。ベスト8入りをかけ対戦したのは龍谷大平安だった。「甲子園に行きたい…というのはもちろんですが、とにかく平安を倒したかったんです」。自身の本塁打などで接戦を演出し、7―8で迎えた9回。先頭打者として四球で出塁すると、2死二塁から中前打で本塁にヘッドスライディングで同点の生還を果たした。その時、意識を失いかけた。

 「自分の力以上のものを出してしまったのか…。全身がけいれんしたんです」

 熱中症ではない。感情が高ぶって頭に血が上り、体に影響が出た。なんとかベンチに戻り、その裏の守りに就いたが、立っていられなかった。救急車で病院に緊急搬送。チームは延長戦で勝利したが「平安に勝った」と知らされたのは病院のベッドの上だった。「それぐらい、平安を倒すことにかけていたんです」。

 当時の龍谷大平安はこの試合まで府内28連勝という圧倒的な強さを誇っていた。「平安を倒さないと甲子園には行けない」が合言葉だった京都翔英は、普段から練習のシートノック中に龍谷大平安のチャンステーマ曲「怪しいボレロ」を流して士気を高めたり、練習試合でピンチを迎えた時も、相手校に了承を得た上で同曲を流すなど『打倒平安』を心に刻んでチームをつくり上げた。中心にいた暖の思いは人一倍強く、悲願達成を間近にして意識がなくなるまで熱くなってしまったのだ。

 だが、続く準々決勝は鳥羽に1―8で8回コールド負け。点滴を打ってなんとか出場したが「平安に勝って皆、燃え尽きてしまったんだと思います」。練習試合では大差で勝利した相手に、まさかの敗戦を喫した。

 「野球をしている時の自分を知らない友達が見たら、ビックリすると思います」と言うようにユニホームを着ると“スイッチ”が入る。無安打に終わると、勝った試合でも自身へのいら立ちが頂点に達して涙を流すときがある。「それでよく、監督さんに怒られてます」。大商大・富山陽一監督から何度も指摘されたというが、我を失うほど熱くなれる…という性格は弱肉強食のプロ野球界では武器になるかもしれない。

 「すぐに支配下になって“右のホームランバッターと言えば小野寺”と言われるような選手になりたい」

 感情を抑えることなく、野心をむき出しに、育成枠からのしあがるつもりだ。 (巻木 周平)

 ◆小野寺 暖(おのでら・だん)1998年(平10)3月17日生まれ、奈良県出身の21歳。左京小2年から奈良リトルで野球を始める。平城東中では南都ボーイズに所属。京都翔英では甲子園出場なし。大商大では2年秋からリーグ戦に出場し3年春MVP、4年春は首位打者とMVP。1メートル83、82キロ。右投げ右打ち。

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