【東東京】大舞台で敵役に…帝京が絶対に負けられなかった理由

[ 2018年6月25日 08:00 ]

第77回大会2回戦   帝京2―1日南学園 ( 1995年8月12日    甲子園 )

<帝京・日南>10回1死二、三塁、帝京・田村のスクイズに、三塁走者中村がアウトのタイミングで捕手・高野へ体当たり
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 元アマ野球担当として「わが故郷のベストゲーム」は「最も印象に残った試合」を挙げたい。95年に6年ぶり2度目の全国制覇を果たした帝京が最も苦しんだ日南学園戦だ。

 試合前の両校整列。2年生エース白木隆之は相手の殺気に、気を引き締め直した。「僕らの縦ジマのユニホームを見ると初出場校だったら目線をそらす。その時点で“勝ったな”。でも日南は逆にガンを飛ばしてきた」。確かに夏は初めてだが、初出場の同年センバツで8強。後に寺原隼人(現ソフトバンク)らを育てた小川茂仁監督率いるチームがビビるはずはなかった。

 両軍ともラフプレーはあったが、一進一退のまま延長へ。論議を呼ぶシーンは10回だ。1死二、三塁から帝京・田村渉のスクイズに、三塁走者がアウトのタイミングにもかかわらず捕手へ体当たり。場内は一斉に「日南びいき」と化す。敵役となりながら11回、西村吉弘の安打でサヨナラ勝ち。難敵を撃破し、そこから頂点へと駆け上がった。

 絶対負けられない理由があった。東東京大会の4回戦。外野フライで三塁走者がタッチアップして生還すればコールド勝ちが決まる状況で、前田三夫監督は塁にとどまらせ、試合を延ばした。次の回に投手を調整登板させる考えからで、指揮官は当然のように非難を浴び、矛先はナインにも向けられた。だからこそ深紅の大旗を東京に持ち帰るしかない――。泥だらけの選手の気迫が、記者にも伝わってきた。

 ◆伊藤 幸男(東京本社スポーツ部)都立九段卒。前橋支局勤務時代に甲子園で松井(ヤンキースGM特別アドバイザー)とイチロー(マリナーズ会長付特別補佐)のプレーを生で見たのが“プチ自慢”。

 <東京データ>

夏の出場 142回(通算172勝134敗1分け)

最高成績 優勝7回(慶応普通部=1916年、桜美林=76年、帝京=89、95年、日大三=2001、11年、早実=2006年)

最多出場 早実(29)

最多勝利 早実(43)

出場経験 33校、うち未勝利11校

 ※データは東東京、西東京を合算

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