【茨城】延長10回、記憶すっとぶ3ラン 取手二、PL下して県勢初V

[ 2018年6月18日 08:00 ]

第66回大会決勝   取手二8―4PL学園 ( 1984年8月21日    甲子園 )

<PL学園・取手ニ>桑田(右)から本塁打を打った吉田剛
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 いきなりサッカーの話で恐縮です。例えば今年のワールドカップで日本代表が決勝に進出し、連覇を狙うドイツを延長の末下すとしましょう。

 んなはずないでしょ。なに夢物語ほざいてるの。バカも休み休み言いなさい。

 1984年夏の茨城県民、特に取手市民は間違いなくこんな心境だったのです。

 木内幸男監督率いる取手二は当時、甲子園の常連校。県内では強豪だが、全国レベルになると…といったよくあるポジションに位置していた。ね、今のサッカー日本代表みたいでしょ?

 それがあれよあれよと勝ち進んでファイナルに進出。この時点ですでに茨城県民はおなかいっぱいだ。お相手は桑田・清原が君臨する前年覇者。勝てっこないよね?準優勝で十分だっぺ。

 ところがふたを開けたら、意外にも取手二ペース。初回にPLの中堅手がトンネルを演じて幸運な2点を先制したその裏、清原の右翼ポールを巻くような大飛球を打たれた瞬間はさすがに観念したが判定はファウル。もしフェアなら同点2ランだったので、流れはPLに傾いていたと思う。

 1点リードの9回には清水哲に同点本塁打を浴び、場内は「逆転のPL」ムードに。普通ならこの時点で萎縮してもおかしくない。ところがどっこいだ。延長10回に中島が桑田のボール球を大根斬りでぶった切り、なんと勝ち越しの3点本塁打が(ラッキーゾーンと名付けられた、お上品な地域ではなく)左翼席に突き刺さったではないか!茨城県民、総トランス状態。缶ビールを10本ほどあおりながらこの場面をテレビで目撃した筆者のその後の記憶はどこかの官僚同様、完全にすっ飛んだままだ。

 あの時を超える興奮と刺激はその後味わっていない。なので勝手ながらW杯決勝での日独対決を心待ちにしている。準優勝でも十分だっぺ。

 ◆我満 晴朗(東京本社文化社会部)80年藤代卒の元取手市民。過去に甲子園取材は複数あったが、母校の原稿を書いた機会は一度もない。

 <茨城データ>

夏の出場 65回(通算53勝62敗)

最高成績 優勝2回(取手二=1984年、常総学院=2003年)

最多出場 常総学院(16)

最多勝利 常総学院(28)

出場経験 20校、うち未勝利9校

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