道下 マラソン悲願の金!「5年前の忘れ物」リオ銀リベンジ、1年延期支えた仲間に笑顔の感謝

[ 2021年9月6日 05:30 ]

東京パラリンピック最終日・マラソン ( 2021年9月5日    国立競技場発着 )

1位でゴールし、喜ぶ道下(左)と伴走者の志田淳さん(撮影・坂田 高浩)
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 陸上・マラソンの女子視覚障がいT12で、世界記録保持者で16年リオデジャネイロ大会銀メダルの道下美里(44=三井住友海上)が3時間0分50秒の大会新記録を樹立し、初の金メダルに輝いた。コロナ禍で開催が危ぶまれた「TOKYO2020」は、5日のパラリンピック閉会式で全日程を終了。世界で初めて同一都市2度目の開催となったパラで、日本は最終日だけで8個のメダルを獲得するなど、04年アテネ大会の52個に次ぐ51個のメダルを獲得し、スポーツの持つ力を改めて示した。

 観客は不在で、歓声も聞こえない国立競技場。それでも、金メダルを後押しする仲間の姿がはっきりと浮かんでいた。ゴールテープが切れた瞬間にようやく勝利を確信できた道下は「5年前の忘れ物を絶対に獲りにいくぞって、強い気持ちでみんなで準備してやってきた。それが獲れて凄くうれしい」と笑顔で締めくくった。

 小学4年で角膜の病気を発症。徐々に両目の視力を失った。大学卒業後、勤務したレストランで髪の毛の混入を見落とし、料理人の夢は諦めた。実家の書店で働くと、本を探すのが遅いとクレームがついた。「私は生きる価値があるのかな」と漏らした。

 25歳の時、支援学校に通ったことが転機だ。自分より目が悪くても前向きな生徒たちに心を動かされた。人前に出るのは苦手だったが思い切って文化祭で司会をし、弁論大会にも出場した。姉の三谷貴代美さん(47)は「一段ずつ階段を上るように、良い方向に行った」と振り返る。

 リオ後の5年間も山あり谷ありだった。スピード不足解消のためストライドを大きくするなど強化に着手。昨年2月に世界記録を樹立した。だが、絶好調だった3月には大会の1年延期が決定。熱を出すほど落ち込んだ。それでも、09年の転居後に加入した福岡の「大濠公園ブラインドランナーズクラブ」には、ボランティアで伴走者を務めてくれる仲間がいた。仕事をこなしながら月間1000キロを走り込み、道下のために準備を続ける人もいたという。

 それだけではない。ホテルの確保や応援バスツアーの準備に動いてくれている仲間の姿に「ここで立ち止まっているわけにはいかない」と立ち上がった。ゴール後には「みんなとこの日に向けて一緒にやって来られた。本当にありがとう」と感謝を口にした。

 忘れ物は東京で取り返したが、挑戦は終わらない。「欲を言えばサブスリー(3時間以下)ですね。それを次の目標にしたい」。24年パリ大会の目標を口にした新女王は、もう生きる価値に悩んだ女性ではない。日本が世界に誇るべきアスリートとなった。

 【道下美里(みちした・みさと)】

 ★生まれとサイズ 1977年(昭52)1月19日生まれ、山口県下関市出身の44歳。1メートル44、36キロ。

 ★経歴 福岡工業短大―山口県立盲学校(現下関南総合支援学校)

 ★障がい 角膜の病気で、中2で右目の視力を失う。左目も発症し、視力は0・01以下。

 ★競技歴 地元に戻り、26歳でダイエットを兼ねて陸上を開始。31歳でフルマラソンに挑戦し、17年に世界新。20年に2度、世界新をマーク。12月の防府読売マラソンでマークした2時間54分13秒は今も世界記録。

 ★資格 調理師免許やマッサージの資格などを有する。

 ★家族 夫の孝幸さん。

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