日本3勝も「ベストの15~20%」名将が最後に犯した“ミス”とは…

[ 2015年10月13日 05:30 ]

<日本・米国>試合を終え、大合唱する代表フィフティーン

ラグビーW杯イングランド大会1次リーグB組 日本28―18米国

(10月11日 英国グロスター)
 日本代表は11日(日本時間12日)、1次リーグB組最終戦で米国を28―18で下し、今大会を3勝1敗、勝ち点12の同組3位で終えた。エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC、55)率いるチームは目標の8強入りこそ逃したが、優勝2度の南アフリカを破る快挙で国内のラグビー人気を掘り起こした。スーパーラグビーのストーマーズ(南アフリカ)の指揮を執るため11月1日付で退任するジョーンズHCは、選手とともに13日に帰国。新生ジャパンは期待と不安を背負い、4年後の19年に開催国としてW杯に臨む。

 名将が最後に犯したミスだった。3年半の間、W杯のために全ての準備を尽くしてきたジョーンズHCが、ロッカールームから選手をピッチに送り出す直前、落涙を必死にこらえながら訴えた。「あと一つだけ聞いてくれ。プライドを持って戦おう」。試合前に感極まる姿など見たことがない選手たち。ただでさえ感情が高ぶる4年間で最後の一戦で「選手は気合が入り過ぎた」(堀江)。

 「残念だが素晴らしいW杯だった。最後の力を出してできるだけのプレーをした」と言いながらも「ベストの15~20%くらい」と振り返る試合内容だった。9点のリードで折り返し、後半21分には途中出場のNo・8マフィのトライで14点差にリードを広げながら、9分後には1トライ1ゴールを返され7点差に。同36分にFB五郎丸がPGを決めるまで、どう転ぶか分からない展開だった。

 それでも8強入りという目標を失った最終戦に勝ちきった。午前6時からの4部練習、中2日での試合…。理不尽なまでのハードワークを課し、それに耐えた選手の成長は自身の期待をも上回った。ジョーンズHC自身、激務と4時間とも言われる平均睡眠のため、13年10月に軽度の脳梗塞で倒れた。今年5月には、オーストラリアに暮らす父テッドさんが死去したが、日本にとどまって指導を続けた。自分自身が日本ラグビーに全てをささげたからこそ、選手たちもさまざまな犠牲を払って付いてきた。

 05年にオーストラリア代表監督を任期途中で解任された。メディアからも袋叩きにあったこの年、97年から続けていたサントリーでの来日指導は、期間、回数とも最も多くなった。日系米国人の母の下に生を受け、妻は日本人。96年に東海大でコーチ業を開始した。切っても切れない縁で結ばれている日本への、恩返しの4年間でもあった。

 試合終了20分後、グラウンドのど真ん中にできた選手、スタッフ全員による大きな円陣に、たった一人、エディーの姿だけがなかった。まるで日本ラグビーの、この先の4年間を暗示するかのように。比類なき情熱で、比類なき足跡を残した名将は、4年間で最大の宿題を課し、日本を去る。

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