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【コラム】金子達仁

「地上波放送なし」を補って余りある森保ジャパンの勝利

[ 2022年3月25日 09:30 ]

カタールW杯アジア最終予選B組   日本2―0オーストラリア ( 2022年3月24日    シドニー )

<日本・オーストラリア>W杯を決め喜ぶ吉田(中央)ら日本代表イレブン(撮影・小海途 良幹)
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 行くか、行かないか。

 行かないのではないか、とわたしは思っていた。先発メンバーに浅野の名前が記されたと聞いて、なおさらそう思った。FWとしての能力に期待するというより、前線から猛烈なチェイスをかけることによって、相手のパスの出どころをつぶす。つまり、極めて積極的な守備を選択したのではないか。そう思った。

 大間違いだった。

 日本は、勝ちに行っていた。必ずしも勝利が絶対条件ではない状況だったにもかかわらず、オーストラリアが08年以来ホームで負けていなかったにもかかわらず、勝ちに行っていた。浅野は、最前線に配備されたディフェンダーではなく、最終ラインを切り裂くためにプレーしていた。

 見事、というしかない。

 最終予選の序盤、得点どころかチャンスをつくることに四苦八苦していたチームは、シドニーの濡れたグラウンドで好機を量産した。敵地でのオーストラリア戦ということに限っていえば、史上最も相手を圧倒した上での勝利だった。

 白状すると、わたしはこの試合引き分けでもいい、というより、引き分けになることを願っていた。引き分けならば、次のベトナム戦にすべてがかかる。地上波で放送される試合で、本大会出場を決める。長い目で考えれば、そのことのプラスの方が大きいのではないかと思っていた。

 だが、敵地で、勝つしかなかったライバルを叩きつぶした自信の大きさは、出場決定の瞬間が地上波で放送されなかった損失を補って余りある。大きな、あまりにも大きな勝利だった。

 この勝利は、きっと多くの人の人生を変える。

 本大会出場を逃したら引退する、とまで言い切っていた吉田の現役生活は、これでまただいぶ伸びた。長友には4度目となるW杯出場への挑戦権が与えられた。三笘は…日本の至宝と呼ばれてもおかしくないステージに駆け上がった。半年前、彼を「日本のネイマール」と評したメキシコのメディアに、いまは多くの人が賛同するだろう。

 そして何より、森保監督。勝たなくてもいい状況で、しかし日本サッカーとしては引き分け狙いに行って好結果を出した歴史がほとんどない中で、彼は一点の曇りもなく勝利を目指していた。引き分けを狙うのであれば不必要だった上田と三笘の投入は、結果如何(いかん)では監督生命を潰(つぶ)しかねない一手だったが、彼は博打(ばくち)に勝った。今後の采配は、いままで以上の説得力を持って選手に、ファンに、メディアに受け止められるようになる。

 それにしても、改めて痛感するのはフロンターレというクラブの素晴らしさである。このチームがなければ、あるいは土台をつくった風間八宏という名伯楽がいなければ、日本のサッカーはまるで違ったものになっていた。

 大卒の選手が日本代表の中核を担うようになるだなんて、10年前のわたしは夢にも思わなかった。日本は、大学での4年間が世界で戦う上で必ずしもハンデにならない、世界でも極めて稀(まれ)な国になった。他の国にはない頂点へのルートが整備されたことは、今後の日本サッカーにとって大きな武器になるかもしれない。

 ともあれ、今日は勝利を喜ぼう。最高だった。最高の勝利だった。ジョホールバル以来、一番痺(しび)れた勝利だった。(金子達仁氏=スポーツライター)

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