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【コラム】金子達仁

日本人が日本の未来を考えたからこその“いま”

[ 2024年11月18日 23:00 ]

<サッカー日本代表練習>練習に臨む板倉(右)(撮影・西海健太郎)
Photo By スポニチ

 試合前の国歌吹奏。画面に映るインドネシアの選手たちは、全員が国歌を口ずさんでいた。欧州で育った選手たちが、明らかに感情を込めてインドネシア語の国歌を歌っていた。中国に国籍変更したブラジル人選手からは感じられなかった、国とユニホームへの愛情がそこにはあった。

 加えての豪雨。ぬかるんだピッチの力を借りて北朝鮮を倒した記憶を持つ世代の一人として、嫌な予感が走りまくったことを白状しておく。

 だが、日本は強かった。

 開始9分にあった決定機を決めておけば、と嘆くインドネシア人がいるかもしれない。そう、決めていれば、日本はもう少し難しい戦いを余儀なくされた。ただ、圧倒的劣勢を覚悟して臨んだ試合で、突如として出現した決定機に冷静でいるのは簡単なことではない。「これを外したら次はない」との思いは、視野や余裕を激しく蝕(むしば)んでしまう。日本もそうだったし、W杯にいけばいまだそういう傾向はある。極論すれば、あれを決められないのが、弱者なのだ。

 千載一遇の好機を逃したことで、インドネシアの勝機はほぼ失われた。彼らはオーストラリアを遥(はる)かに上回り、サウジアラビアと匹敵する実力の持ち主だったが、チームとしての連動性は未完成で、かつ、一人で日本の守備を切り裂けるようなアタッカーもいなかった。

 それでも、このチームが熟成を続け、80年代初期のオランダ代表を牽引(けんいん)したインドネシア系のアタッカー、シモン・ターマタのような傑出した個人が加わるようなことがあれば、アジアにおける日本最大のライバルとなることもありうる――そんなことまで考えさせられた。間違いなく言えるのは、4―0というスコアは、この試合の内容を正確に表すものではない、ということである。

 前日の本紙最終版では、開始9分の決定機を止めたGK鈴木を大きく取り上げ、称賛していた。もちろん大きなプレーではあったが、後半にあったCKのファンブルは大問題だった。名GKであれば一生のうちに何回やるかどうか、といったミスを犯しながら、まったく批判の声が聞こえてこないのがちょっと面白い。アジア杯では何をやっても叩かれていた選手だけに。

 さて、難しい試合ではあったものの、日本からすればある程度の余裕をもって臨み、押し切ることのできた試合でもあった。

 オーストラリア戦を分析したであろう相手の申台竜(シンテヨン)監督は徹底してサイドを警戒してきたが、ならば、とばかりに日本は町田、守田、鎌田らが中央部での効果的な縦パスをちりばめた。これで次の中国は、サイドばかりを警戒するわけにはいかなくなった。目の前の相手だけではなく、予選を長い目で見ての対策が施されているところに、いまの日本の強さがある。

 なにより評価すべきは、中3日で挑む敵地での中国戦に向け、戦力ダウンを懸念する声が皆無なこと、である。1試合ごとの戦術や采配については、依然として森保監督に批判的な声も聞こえてくるが、仮に指揮を執っていたのが世界最高の監督だったとしても、これほど選手層が厚くなることはなかっただろう。

 外国人監督にとって、最大にして唯一の仕事はチームを勝たせること。未来のために選手層を厚くするのは、仕事に含まれていない。日本人が、日本の未来のことを考えたがゆえに、いまの日本代表はある。そのことは、もっと高く評価されていい。(金子達仁=スポーツライター)

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