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【コラム】金子達仁

落第が及第点に ボリビア戦 会心の交代策

[ 2025年11月23日 14:00 ]

<日本・ボリビア>前半、試合に臨む小川(撮影・西海健太郎)
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 3―0。スコアの上では快勝だが、とても合格点はつけられない。せいぜい及第点、それも、ギリッギリの及第点である。

 南米予選ではブラジルをも倒したボリビアなのに?標高4000メートルの首都ラパスでの結果を、東京での判断材料にしてはいけない。敵地でのブラジル戦、彼らは5失点を喫している。アルゼンチンには6点、エクアドルには4点をたたき込まれた。

 では、南米予選2位のエクアドルはW杯の優勝候補だろうか?まあ、それはともかく、少なくとも、日本は優勝を目指すと公言している国である。せめて、エクアドル並みのゴールラッシュは見せてくれないと、話にならない。

 3―0?合格点なんかつけられるわけがない。

 選手にとって気持ちの持っていき方が難しい試合だったことは理解できる。「ここで下手な試合をしたら、ブラジル戦の勝利が全否定されかねない」との危機感があったのがガーナ戦だったとしたら、ボリビア戦に関してはわかりやすい動機付けがない。加えて、ガーナ戦からは7人の選手が代わっている。開始早々に決定機をつかみ、早い時間帯に先制したことで、選手たちの思考が安全運転に傾いたのもよくわかる。結果的に、後半途中までの展開は、じわじわと敗北の気配を高めていく内容だった。

 それだけに、苦しい状況からの2ゴール追加は、森保監督にとっても選手にとっても、素晴らしい教訓と手応えをもたらしたのではないか。

 わたしが小川だったとしたら、たぶん、悔しくて眠れない。ピッチにいるうちはわからなかった苦戦の要因のかなりの部分が自分にあったのだということを、代わりに入った上田たちに見せつけられてしまったからだ。これほどまでにわかりやすく、自分の不足点を見せつけてくれる試合はちょっとない。小川にとっては、素晴らしく幸運なことだとわたしは思う。

 一方、選手を交代させた森保監督の立場からすれば、会心の采配である。ハーフタイムの指示でチームを動かしたW杯カタール大会でのドイツ戦、スペイン戦と違い、後半途中の交代で流れを激変させた意味は相当に大きい。

 この采配を見せつけられたら、もう選手は監督を信じるしかない。そして、信じる力が高まったことで、采配はより大きな力を持つようになる。交代までの展開が、及第点どころか明らかな落第点だっただけに、そして試合中に流れを変えるのが下手だと言われ続けた日本だけに、実に価値ある“及第点”への昇格だった。

 これで25年の日本代表は終わった。来年はいよいよW杯である。

 ガーナ、ボリビアとの年内最後の2連戦で証明されたのは、森保監督が目指してきた、誰が出ても質が担保されるチーム作りが結実しつつある、ということだった。いまわたしが一番気になるのは、森保監督は、最後までこの方針を貫くのか、それとも、ある時期からはチーム内にヒエラルキーをつくっていくのか、ということである。

 つまり、レギュラーは誰なのか。

 いまの日本ほどに明確なレギュラーが存在しないチームを、わたしは知らない。主将の遠藤でさえ、いまや佐野と比較される立場である。これは日本の強みであると同時に、チームとしての最高到達地点をわかりにくくしている。

 常識論か、前人未到の挑戦か。森保監督の判断に注目したい26年である。(金子達仁=スポーツライター)

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