石倉三郎が明かしたコント・レオナルドの出会いと別れ「何が蛇の道は蛇だよ!!」

[ 2023年4月11日 15:01 ]

俳優の石倉三郎
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 俳優の石倉三郎(76)が11日までに更新されたYouTubeチャンネル「丈熱BAR」にゲスト出演。1980年頃の漫才ブームに大きな爪跡を残した「コント・レオナルド」時代の思い出を振り返った。

 役者として長い下積みが続いた石倉は75年、誘われる形で演芸の道へ。最初の相方とは約10カ月でコンビ別れし、1人になった石倉に「オレと組まねえか」と声を掛けたのが、レオナルド熊さん(94年死去)だった。

 2人は「ラッキーパンチ」を結成。東京・浅草の舞台を中心に活躍するも、大きな問題があった。「熊さんは体が悪いからさ、しょっちゅうダウンするわけよね。ダウンするんだけどさ、面白いってんで、テレビ局が(番組に)呼んでくれたりするわけよ」。ただ、熊さんの体調は悪化するばかりで、徐々に出番が減少。あるイベントで石倉が一方的に解散を宣言して、2人は袂を分かった。

 解散と同時に芸能界を離れた石倉は、友人を頼って千葉県富津市の「マザー牧場」へ。日の出から日の入りまで農地を整備する肉体労働を1年間ほど続けた頃、テレビに映る元相方の姿を見つけた。「おお、良かったなあって素直に思ったよ」。運命が一変したのは、その1週間後。誰にも教えていないはずの牧場の電話に、何と熊さんから電話が入った。

 「何でこんなとこ、分かったんだよって聞いた時、熊が言ったことがいいよね。“サブちゃん、蛇の道は蛇でよ”って。何が、蛇の道は蛇だよ!!」。熊さんは当時、違う相方と組んでいたものの、コンビ間の人間関係が悪化して後に解散。最初は渋っていた石倉も、ビートたけしら周囲の芸人の勧めもあり、熊さんとのコンビで芸能界に復帰した。

 「コント・レオナルド」は漫才ブームで独特の存在感を放ち、警察官のコントなどで大ブレーク。活動は85年10月まで続いた。

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2023年4月11日のニュース