赤井英和 マネジャーを務める妻とのなれ初め 出会った時は「裸」 結婚前に妻が実家に押しかけ両親と同居

[ 2022年10月25日 14:30 ]

赤井英和
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 「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーで俳優の赤井英和(63)と、妻でマネジャーの佳子さんが25日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。夫婦のなれ初めについて語った。

 2人は1993年に結婚し、来年で30年となる。司会の黒柳徹子から「どこで会ったの?元々が」と振られると、赤井は東京でホテル住まいをしながら俳優の仕事をしている当時、休みにホテルに知人を呼び出して飲み会をしようとしたところ、知人と一緒に来たのが佳子さんだったと明かした。

 佳子さんはその知人とは「元々お仕事でご一緒してたら久しぶりに連絡が来て」という関係だったとし、「きょう“赤井が来てる”って言われて。赤井って誰だろう、知らないって思って。行けば分かるかなと思って行って見たけど分からなかった。何やってる人かしばらく分かりませんでした」と回顧。それでも「かっこいいなと思ったんです」と好きになったとした。

 だが赤井は2人が訪れた際には「そん時ねぇ、もう既に冷蔵庫のビールも全部飲んでベロンベロンに酔うてまして」と最初は応答しなかったとし、知人がホテルのスタッフに連絡してドアを開けてもらったところ、「僕が浴衣はだけて立って待っていたというのがあったらしい」とぶっちゃけ。佳子さんは「裸でした。どうしちゃったんだろうな、この人は、と思いましたけど、一目ぼれではありました」と笑ってみせた。

 また黒柳が「奥さんの一目ぼれということで。押しかけ女房なんですけど。ピアノ一つ持って赤井さんの実家にいらしたそうです」と驚きの事実を明かすと、佳子さんは「そうなんです。もともと“結婚したらお父ちゃんとお母ちゃんと一緒に住みたい、住んで喜ばせたい”って話しているのをちらっと聞いて。よし、これは喜ばせなきゃ、と思って。張り切って行ったんですけど、行ってみたけど、私結婚してなかったですしまだ。ピアノ教えてたんで、ピアノ一つ持って、長屋だったんで、実家が。そこにクレーンで吊って2階に入れて」と結婚前に押し掛けたとした。

 「私はお父さんとお母さんが喜んでくれてると思って、張り切って行ったんですけど、よく考えたら息子が結婚したお嫁さんが来てくれたらうれしいのであって、(私は)結婚するつもりで行ったのではなくて」と説明。それでも黒柳が赤井に最初は佳子さんのことをどう思っていたのかと尋ねると、「まあ可愛らしい子やなと思って。胸の鈴がリンリンと鳴りました」と相思相愛ではあったとした。

 そうして押しかけた日から「ずっとです」と赤井家に居ついたという佳子さん。「彼はほとんど東京で仕事で、私はお父さんとお母さんと3人っていう。それで凄いギクシャクした、今思えば雰囲気でしたけど、そのうちおはし買っていただいたり、湯飲み茶わん、私のも買っていただいたり、私が作った、作ったことない料理を“これなんや”って言って食べて下さったりして、そんなにお二人は楽しそうじゃなかったですけど、毎日メモ書きがあって“出てってください”と置いてあった」と振り返った。

 黒柳が「あなためげないのそういう時」と問うと、佳子さんは「“またまた”と思いました。喜んでくれていると思っていたので。“大丈夫です”って言ってました」と驚きの告白。そうしてその後佳子さんは妊娠し、東京にいたという赤井は父親から「お前、どうするんや?結婚するんか?」と聞かれ、「ええよ」と回答したという。父親は「よっしゃ分かった」と婚姻届を用意して提出してくれたとした。赤井は「私はずっと東京にいましたから」と苦笑。佳子さんは「今説明するとおかしな話なんですけど、私の世間知らずと、赤井の白黒言わないのとでうまくいって、なんかみんなに助けられてごちゃごちゃっといったって感じです」と照れたように語った。

 佳子さんの両親の反応はどうだったのかと聞かれると、「“好きな人がいるんだ、大阪に行きたい”って言ったら、“勝手にしろ、そんな所へ行くんだったら勘当だ”っていうふうに父に言われて。父は止めるつもりで今思うと言ったんだと思いますけど、“分かった、じゃあ行く”って言って」と家を出て来ていたと話した。

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