北川悦吏子氏「半分、青い。」への信念と覚悟「逃げずに書いた」3日で1話「精神的拷問」「才能試された」

[ 2018年9月19日 05:00 ]

「半分、青い。」脚本・北川悦吏子氏インタビュー(1)

構想5年、執筆1年半にわたったNHK連続テレビ小説「半分、青い。」の作劇を振り返った脚本家の北川悦吏子氏(C)撮影/萩庭桂太
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 脚本家の北川悦吏子氏(56)が朝ドラに初挑戦し、オリジナル作品を手掛けたNHK連続テレビ小説「半分、青い。」(月〜土曜前8・00)は今月29日に最終回を迎える。構想5年、執筆1年半にわたった過酷な創作活動を振り返り、秘話を明かした。3日で1話分の脚本を書き上げたが、アイデアが浮かばず、糖分を摂るあまり体重は6キロ増え「朝ドラって、精神的拷問。自分の才能がどこまであるのか毎日試されているんだと思いました」。それでも「作品のために」の思いは揺らがず「一切逃げないで書いた156本だったと思っています」と自負した。

 朝ドラ通算98作目。フジテレビ「素顔のままで」「ロングバケーション」「空から降る一億の星」やTBS「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」など数々の名作を生み“ラブストーリーの神様”と呼ばれるヒットメーカー・北川氏のオリジナル脚本。岐阜県と東京を舞台に、病気で左耳を失聴した楡野鈴愛(にれの・すずめ)が高度経済成長期の終わりから現代を七転び八起きで駆け抜ける姿を描く。

 昨年元日から毎日書き続け、今年7月30日に完全脱稿。その時の心境を問われると、北川氏は劇中にも登場したボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」の最終回、主人公・矢吹丈が“真っ白な灰”になったような気分と表現。「本当に魂を抜かれてしまった感じがします」と精魂尽き果てたことを明かした。

 難病(炎症性腸疾患、聴神経腫瘍)を患い、体調面に不安を抱えながらの作業。1年半の執筆途中、2度も入院したとあり、完走は「自分としては奇跡」と表現した。

 番組スタート前の今年2月のインタビュー。「朝ドラって、15分をどう見せ切るか?それに尽きるわけで。そして、明日へとつないでいく。長いロープと短いロープ。どう編むか。ギリギリまで頭を使います。ここまで自分を試したことがあるかって感じです。苦しいですが、クリエイターとして最高の体験をさせていただいています」と新鮮な様子だった。

 北川氏は1990年代にフジテレビ「世にも奇妙な物語」の脚本を何作も担当。特に、己の博識に絶対の自信を持つエリートサラリーマン・三上修二(草刈正雄)が“ズンドコベロンチョ”なる謎の言葉に翻弄される姿を描いた「ズンドコベロンチョ」(91年)は、2015年11月にリメークもされた傑作。アイデア勝負の「世にも奇妙な物語」と「15分をどう見せ切るか」の朝ドラは「使う頭が似ている」とし、当時の経験が生かされていると明かした。

 思えば今作は、朝ドラ史上初となる“ヒロインの胎児時代”からスタート。数々の仕掛けがあった。

 例えば、第17話(4月20日)の冒頭。鈴愛と新聞部員・小林(森優作)の“微妙”な出会いを描き「これは出会いなのでしょうか?どうなのでしょうか?鈴愛的にアリなのでしょうか?ナシなのでしょうか?逆に新聞部には鈴愛はアリなのでしょうか?えっ、もう?もう?イントロ始まる?星野源が歌い始める?」のナレーション(風吹ジュン)から主題歌(星野源「アイデア」)へ。

 第65話(6月15日)には、北川氏の代表作の1つ「ロングバケーション」(96年、フジテレビ)が脳裏によみがえるパロディー風の劇中ドラマ「Long Version(ロングバーション)」が登場。鈴愛の幼なじみ・ブッチャー役の矢本悠馬(28)と菜生役の奈緒(23)が“2役目”として今も語り継がれる、本家「ロンバケ」で木村拓哉(45)と山口智子(53)が演じた“スーパーボールの名場面”を“完コピ”。インターネット上で大反響を呼んだ。

 第92話(7月17日)、鈴愛の結婚式で撮影されたビデオメッセージの場面。秋風役の豊川悦司(56)らにアドリブによる祝福メッセージを指示した。

 北川氏が最も手応えがあったのは、主に第21週(8月20〜25日)と第22週(8月27日〜9月1日)に登場した、しゃべるぬいぐるみ「岐阜犬」。第125話(8月24日)、和子(原田知世)と律(佐藤健)が「岐阜犬」越しに思いを伝え合い、視聴者の涙を誘ったが、この母子の会話は当初のプランにはなかった。

 もともとは鈴愛の発明の伏線として用意されたアイテムだが、仙吉(中村雅俊)が遺した「つくし食堂」2号店(五平餅カフェ)の名前(センキチカフェ)を知るのが花野(山崎莉里那)とぬいぐるみ「ココンタ」だけだったことと、それとは別に組まれていた和子の最期が近づくストーリーラインが結びついた。「この瞬間の興奮は今も覚えています」。「星野源が歌い始める」は主題歌が星野源(37)に決まる前から「××が歌い始める」と書いており「歌手の人によっては“さん付け”の方がいいのかなと思っていました」と笑った。

 与えられた時間は1話につき、3日。毎話、セリフや小ネタなど何かしらのアイデアを盛り込んだが「1日目、2日目と何も思いつかず、追い詰められて。3日目は今まで浮かんだから浮かぶに違いないと信じるしかないんですが、漫画が描けない時の鈴愛のように甘いものを食べました。すると、本当にF1レースのタイヤ交換みたいに頭が働き出し、ハッと思いついて『これだ』と書いて、ホッとしたのも束の間、また次の3日が来る。毎回、ゼロからのスタート。その繰り返しで、気がつくと、本当に追い込まれた2週間で6キロ太っていました。朝ドラって、精神的拷問。3日に1本のつらさは尋常じゃなく、自分の才能がどこまであるのか毎日試されているんだと思いました」と苦笑いした。

 最終回(9月29日)まで2週間を切り、放送は残り10回。衝撃の展開が待ち受けるが「『朝ドラだから、こういうことはやめておこう』という考え方はせず、一切逃げないで書いた156本だったと思っています」

 ツイッターで作品の裏側などを発信し続け、視聴者とともに「半分、青い。」を作り上げた。ドラマの急展開などに一部批判の声も届いたが、メンタルが強いんですね?と水を向けると「全然、強くないですよ。ただ、作品のためになる意見を聞くということだけで、作品にマイナスになることは聞いても意味がないですから。プロですので、何に耳を傾けて何に耳を塞ぐか、は判断できます。そこは揺らがないということです。だからと言って、嫌なことを言われて平気ということじゃなく、私も人間なので、嫌なことを言われたら嫌ですよね。でも、そんなことでテンションが下がって、作品がつまらなくなることが一番よくないということまで結論がたどり着いているので、だから気にしないということです」。作品に全身全霊を捧げる信念と覚悟がにじんだ。

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