マッチ「ウルッときた」日劇で37年ぶり「スニーカーぶる〜す」再上映

[ 2018年1月29日 05:30 ]

1981年の日劇
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 歌手の近藤真彦(53)が28日、来月4日に閉館する東京・有楽町の映画館「TOHOシネマズ日劇」の特別企画「さよなら日劇ラストショウ」で上映された主演映画「青春グラフィティ スニーカーぶる〜す」(1981年公開)の舞台あいさつに登場した。37年ぶりにスクリーンに復活したデビュー作に「ウルッときちゃいました」と感無量だった。

 国内最大級の946席を誇る「日劇1」での上映会。37年前と変わらない歓声に迎えられた近藤は「37年前の初日も一番後ろの席で見たんですが、今日の方が緊張しました。ウルッときちゃいました」と話した。当時16歳。デビュー映画での初々しい演技に「恥ずかしさを超えて(自分の)子供を見ている感じ」と照れ笑いした。

 映画には「たのきんトリオ」として一緒に活動した田原俊彦(56)野村義男(53)も出演。近藤は同名タイトルの主題歌で歌手デビューし、オリコン史上初となるデビューシングルでの初登場1位を記録した。

 当時の人気ぶりは、「娯楽の殿堂」として84年余りにわたって親しまれた「日劇」の歴史にも刻まれている。1933年12月にオープンした前身の「日本劇場」は建物の老朽化などに伴い、81年2月14日にいったん閉館。同11日が公開初日だった「スニーカーぶる〜す」はクロージング作品に選ばれ、近藤は田原、野村とともに同劇場で歌やダンスを披露する記念ショーを開催。3公演で計9000人を動員し、会場に入りきらなかった1万人のファンが建物の周囲を何重にも取り囲む騒ぎになった。ロカビリーやグループサウンズなどのブームの発信地となった日劇だが、この時の騒ぎは記録的な「フィーバー」だったとして今も語り継がれている。

 近藤は当時を振り返り「汗びっしょりで熱く歌ったことを思い出します。飛んできた紙テープで顔や頭を小突かれましたね」としみじみ。日劇は貸しホールなどとして生まれ変わることが決まっているが「何か縁を感じる。新たなホールでの作品にも参加できれば」と話した。

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