“おかみさん”藤田紀子 音羽山親方急死に沈痛「私にとっては浪岡くん」

[ 2015年6月22日 14:59 ]

96年初場所で初優勝を決め賜杯を手に笑顔を見せる貴ノ浪

 元藤島部屋、二子山部屋のおかみさんでタレントの藤田紀子(67)が22日、日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」に出演。20日に急性心不全のため43歳で急死した大相撲の元大関・貴ノ浪、音羽山親方(本名・浪岡貞博さん)について語った。

 藤田は元関脇・貴闘力の鎌苅忠茂氏(47)からの電話で訃報を知ったという。「現役時代は大きい病気をしたこともなく、病院に連れて行った記憶はあまりない」としながら「2003年以降ぐらいからは本当に危ない日もあったらしい。それはよく耳にしていたので、大変心配しておりました」と状態を気にしていたことを明かした。酒豪としても知られていたが「それがとても心配でした」とも。

 音羽山親方は中学卒業後、藤島部屋に入門。「部屋に来た日のこと、親方が有望な力士になるよって言っていた顔が思い出されます」と当時を振り返った藤田。「あの大きい体でありながら運動神経もいいし、器用。絶対に横綱になってほしいと願っていました」。横綱に上り詰めた若貴兄弟とは兄弟のように育った。「部屋の力士はみんな衣食住一緒ですから、つながっていると思う。部屋の中でのライバル意識はあるし、いろんなことがあったとは思うが、いい稽古相手に恵まれたことはみんなの励みになったはず」と続けた。

 部屋ではほとんどの力士の四股名を藤田がつけていたというが、音羽山親方の「貴ノ浪」だけは故二子山親方が自らつけたという。「親方が一人で付けてびっくりしました。親方が四股名をつけたかった子供なんだなと。期待しているだけに、稽古だけでなく、私生活においても、相当厳しくされたとは思うが、大関まできたということはどんなことにも耐えて頑張れたんだと思う」と話した。

 普段の音羽山親方について「新弟子の時も貴ノ浪のホームシックもみたことがない。いつも明るいんですよね。どんな子でもホームシックはあるが、彼はいつも明るさで吹き飛ばしているようなところがあった」と明るかった素顔を思い出した藤田。「出棺の映像を見ていると、今でも嘘ではないかと思うぐらいの気持ち。早すぎる、若すぎるなんて言葉はむなし過ぎる」と声を詰まらせ、「ただ、先に逝った(二子山)親方と、師匠と弟子ではなくて、相撲好きとして思い出話を語り、今後の相撲界のことを語り、相撲の繁栄を見守ってほしいと浪岡に伝えたい。私にとっては浪岡くんになってしまうんです…」と語った。

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