【内田雅也の追球】阪神よ、胸を張って日本一を目指せ 夢と理想の先にこそ奇跡は待っているのだから

[ 2022年10月4日 08:00 ]

2日、今季最終戦を終え、あいさつする阪神・矢野監督
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 野球記者になった駆け出しのころ、先輩から「奇跡や執念といった言葉を安売りするなよ」と言われた。確かに、奇跡や執念が派手な見出しで踊り、文中にも出てくると読む方は疲れる。大切な戒めとして、いまも心に留め置いている。

 ただし、野球場は奇跡が起きる場所だと信じている。ディズニー映画『エンジェルス』(1994年)は、いま大谷翔平が所属する大リーグ・エンゼルスが最下位から快進撃を続け、優勝戦線に躍り出る。少年の願いと祈りを知った天使たちが次々と勝利を運んでくる。そんな奇跡が現実に起きるのが野球場なのだ。

 今季の阪神も相当な奇跡を起こした。開幕9連敗に、勝率・063に沈みながら、3位と最大9・5ゲーム差を逆転し、クライマックスシリーズ(CS)進出を決めた。

 作家ジョン・アップダイクは<すべての野球ファンは奇跡を信じる>と書いた=『アップダイクと私』(河出書房新社)=。<問題はいくつまで信じることができるかだ>。阪神は子どものように奇跡を信じていた。

 2日のレギュラーシーズン最終戦で、あいさつに行った監督・矢野燿大は「僕は監督就任してから、ずっと夢と理想を語ってきました」と言った。ロマン主義と指摘され、甘いと批判される。ただし、夢と理想の先にこそ奇跡は待っている。

 目の前で奇跡は起きている。<ある人にとっては何でもないこととして過ぎていき、また別のある人にとっては奇蹟(きせき)だったということがよくあります>と脳科学者・茂木健一郎が『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる方法』(講談社文庫)で書いている。<奇蹟は存在論ではなく認識論>なのだ。

 孤児のアンは、おばさんの家に引き取ってもらえないと「絶望のどん底」だったが、一晩眠ると元気になり、窓から見えた桜を「雪の女王」と名づけた。「おばさん、こんな朝には、ただただ世界が好きでたまらないという気がしない?」=『赤毛のアン』(村岡花子訳・新潮文庫)=。

 前向きな姿勢がおばさんの心を動かし、一緒に住めるという奇跡を呼んだ。アンはうれしさのあまり泣き出した。

 阪神は借金を抱えながらのCSで気恥ずかしいだろうか。いや、堂々胸を張り、日本一を目指せばいい。そう、奇跡を信じて。=敬称略=(編集委員)

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2022年10月4日のニュース