【内田雅也の追球】「置かれた場所」で咲いた花 代打弾の陽川、救援で乱戦鎮めた岩貞 阪神7年目コンビ

[ 2020年9月11日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神8-7DeNA ( 2020年9月10日    横浜 )

<D・神15>8回、ベンチに戻るスアレス(左)を出迎える岩貞(同2人目)=撮影・小海途 良幹
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 書店に平積みされていて、つい買った池上彰の『なんのために学ぶのか』(SB新書)に<すぐに役に立つことは教えない>とあった。視察した米国の名門、マサチューセッツ工科大(MIT)やウェルズリー大の教育方針だそうだ。

 最先端技術は日々進化し、すぐに陳腐化する。ならば<遠回りなように見えても、いつか役に立つ>、そんな基本的な人間教育を行う。

 野球でも、すぐに役立つ小手先の技術はメッキがはげる。基本を覚える地味な反復練習や失敗の経験が本物を育てる。

 8―7という「ルーズベルト・ゲーム」の乱戦を制した阪神で光ったのは、ともに大学出7年目の29歳、長く苦楽を味わってきた岩貞祐太と陽川尚将だった。

 岩貞は逆転直後の7回裏から8回裏2死まで無失点で乱戦を鎮めた。打者に向かっていく投球だが、一本やりでなく間合いや緩急を巧みに操る。投球術の基本と痛打を浴びた苦い経験が知れるようだ。

 今季も開幕時は先発だったが、8月15日の広島戦(京セラ)にプロで初めての救援登板。中継ぎへの配置転換に見事に応えている。

 陽川は2―2同点の3回表、代打で起用され、右翼席に勝ち越し3ランを放った。追い込まれながら、外角へ切れていくカッターを右手で“押し込んだ”。いわゆる“押っつける”スイングではファウルだったろう。

 右の大砲候補と期待されながら、遠回りもしてきた。地道に鍛錬を重ねた結果とたたえたい。

 池上の書は2019年5月11日、ノートルダム清心女子大で行った講演が基になっている。同大の元学長、渡辺和子の著書にベストセラーとなった『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)がある。タイトルは学長就任直後、自信を喪失していた渡辺が宣教師からもらった英語詩らしい。

 当時は<置かれた場に不平不満を持ち><他人の出方で幸せになったり不幸せになったり>という<環境の奴隷>になっていたと告白している。

 詩は「咲くということは、仕方がないと諦めることではありません」「自分が笑顔で幸せに生きることが周囲の人々も幸せにする」と続く。監督・矢野燿大が繰り返し言う「誰かを喜ばせる」姿勢に通じる。

 今年は120試合だがシーズンは長丁場に変わりはない。レギュラーだけでなく、控え選手の力量が問われる。

 余談だが、1990年代の「暗黒時代」――この呼び方には当時の番記者として異論もあるが――の当時、開幕前、阪神球団内の戦力分析では常に上位にいた。電鉄本社への報告リポートに記されていた。後に幹部から「先発9人の戦力比較では他球団と大差なかった」と聞いて、あっけにとられた。戦力とは、9人だけでなく、1軍、2軍を含めた総合力であるのは言うまでもない。

 ましてや、この夜は連戦中で両チームとも先発ローテーションの谷間だった、こんな総力戦の試合は特に控え選手の働きが物を言う。

 代打や中継ぎ、守備固めや代走もある。控え選手たちがいかに咲けるか。渡辺の書には<咲けない時は根を張るのです>ともあった。だからこそ、置かれた場所で咲かせた花は美しい。=敬称略=(編集委員)

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