高校時代は中田キラー…ロッテ植松 背水ナックルで紅白戦2回0封

[ 2015年2月16日 05:30 ]

ナックル、ナックル、またナックル。植松は2回を2安打無失点

ロッテ1、2軍紅白戦 2軍4―3、1軍

(2月15日 石垣島)
 崖っ縁の左腕が手にした新たな武器はナックルボールだった。1軍と2軍が対戦したロッテの紅白戦。2軍の2番手で3回からマウンドに上がった8年目の植松は、先頭の鈴木を115キロの新球で二ゴロに。4回も先頭・清田をナックルで中飛に打ち取った。

 2回を投げ、2安打無失点。「試したいことが試せた。収穫のあったマウンドでした」。33球中、約3球に1球がナックル。制球が定まらない球もあったが、低めに集まった時は1軍の打者に通用することを証明した。

 金光大阪時代は、大阪桐蔭で「怪物」と騒がれた中田(日本ハム)を13打数無安打に封じ込め「中田キラー」として注目を浴びた。プロ1年目の08年にもイースタン・リーグで2打数無安打に抑えた。しかし、相次ぐ故障で1軍登板はいまだにない。10年に左肩を、13年秋には両股関節唇のクリーニング手術を受けた。侍ジャパンの4番にまで上り詰めたライバルとは大きな「差」がついてしまった。

 「今年こそラストチャンス。持っているものを出さずに終わるのは嫌なので、高校時代に遊びで投げていたナックルを使ってみることにした」

 チームの左投手事情は、エースの成瀬がヤクルトにFA移籍し、中継ぎ陣も手薄とあって、植松にはチャンス。伊東監督も「ナックルを投げていたね。ストライクも取れていたし、何回か見てみたい」と今後のオープン戦での起用を示唆した。

 中田だけではなく、チーム内にも89年生まれは鈴木や唐川ら10人もいるが、1軍デビューしていないのは植松だけ。「中田とは1軍で対戦したい。今年こそ“89年組”のみんなに追いつければ」。背水のナックルボーラーが高校時代の輝きを取り戻す。

 ▽07年夏の植松VS中田 7月30日の大阪大会決勝で激突。植松は高校通算87本塁打の大阪桐蔭・中田を遊ゴロ、遊ゴロ、二飛、遊直、二直と5打数ノーヒットに封じた。前年の決勝戦なども含め、対中田は13打数無安打とキラーぶりを発揮。試合は11安打を浴びながら3失点の粘投。4―3で甲子園切符を手にし、大阪桐蔭の3年連続出場を阻止した。試合後に抱き合った中田から「甲子園で勝って優勝旗を持って帰ってきて」と激励された。

 ◆植松 優友(うえまつ・まさとも)1989年(平元)11月27日、大阪府生まれの25歳。金光大阪では07年夏の甲子園に出場も、1回戦で神村学園(鹿児島)に敗れる。同年の高校生ドラフト3巡目でロッテに入団。昨年までの7年間で1軍出場なし。2軍での通算成績は69試合で10勝15敗、防御率5・07。1メートル83、83キロ。左投げ左打ち。

 ≪魔球使い手≫日本ではナックルボールを投げる投手は少ないが、今春キャンプではDeNAの新人・山崎康が練習試合で披露し、話題を呼んでいる。近年では巨人などでプレーした左腕・前田幸長、独立リーグではBC・石川で現役の吉田えりが知られる。大リーグでは元レッドソックスの通算200勝右腕・ウェークフィールド、現役ではブルージェイズ・ディッキーらが有名。大リーグでも活躍した元横浜の大家友和は、ナックルボーラーに転身して昨季米独立リーグでプレーした。

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