消防士になった佐藤宏樹さん 成人の誓い 陸前高田の灯は消さない

[ 2015年1月12日 05:30 ]

放水訓練する佐藤宏樹さん。左は88年に甲子園出場を果たした高田高校野球部の先輩、佐々木秀樹さん

復興へのプレーボール 陸前高田市・高田高校野球部の1年

 東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市の成人式が、あの日から3年10カ月がたった11日、同市内で行われ、高田高校野球部卒業生も晴れの式典に出席した。佐藤宏樹さん(20)は同市消防本部に勤務し、故郷のために尽くしている。いまだ人が住めない、かつての市街地。住民の高齢化も進む一方だ。津波にのまれ、成人式に出席できなかった3人の同級生の分も――。故郷再生の担い手となる決意がにじんだ。

 晴れやかに、堂々と、そして、力強かった。佐藤さんは新成人を代表して「成人の誓い」を述べた。背筋を伸ばし、一点を見据え、語りかけた。

 「私たちの責任は、より多く、重くなっています。先人たちが造ってくれた街は、もう戻りませんが、住みやすい街を築くことはできます。犠牲になった方々を決して忘れず、これからの人生を歩んでいきます」

 若者らしい気概に、悲しみもにじんだ。会場となった高田第一中学校は震災後、避難所となり、多くの被災者が身を寄せた。あの厄災の日から3年10カ月がたち、体育館には晴れ着やスーツに身を包んだ新成人218人が集った。震災がなかったら出席していたはずの3人の犠牲者の遺影もあった。

 野球部時代、学生コーチを務めていた佐藤さんは陸前高田市消防本部で働く。「あの大震災を経験し、一人でも多くの人を救いたかった」からだった。隊員は3班に分かれ、1回の勤務は24時間続く。待機中は救急機材や車両の点検、訓練も行う。市内の建物を回り、調査して安全基準などに適合しているかを査察するのも大事な仕事だ。火災の現場にはこれまでに2度出動した。「とにかく焦りました。熱くて、熱くて…」。当初は待機中もなかなか落ち着かなかったが、今では「かなり慣れてきた」と笑う。

 かつての消防本部は東日本大震災による津波で全壊した。殉職した隊員もいた。昨年11月には同市高田町に消防本部が入る消防防災センターが完成した。佐藤さんは、ダンプカーと重機がひっきりなしに走り回る故郷で住民を守っている。「いつ、元の姿に戻るんでしょうか…。(復旧工事は)進んでいますけど復興した後のイメージが湧かない」は本音だった。陸前高田市は津波被害に遭ったかつての市街地を、盛り土をすることで平均12メートルかさ上げして住宅や商業用地を確保する方針だ。工事が終わるまで住民は、そこには住めない。現在でも約4500人が仮設住宅で暮らす。

 2010年の国勢調査によると、陸前高田市の高齢化率(65歳以上)は34・9%で、岩手県平均の27・2%を大きく上回っていた。震災でその傾向は加速した。求人自体は多いが、若者が望む就職先は少ない。将来的には復興需要は減るだろう。若者が収入を得る手段はますます限られる。「(陸前)高田に戻りたいと友達は言うけど働き口が少ないんです」と話す。若者が減り、活力を失いつつある故郷。歯がゆさはある。しかし、再生させられるのは自分たちでしかない。

 会場で配布された冊子には多くの新成人の決意の言葉が記されていた。その中の一人はこう書いた。

 「私自身、地元に残ってこれからやっていくのかと言われればそうではないのが事実です。しかし、私のように自分たちで高田の今後を考えようとする人が増えれば話は別だと思います。高田が好き。そう思う人の心を大切にし、再建につなげられれば、と思います」

 ▼佐々木明志前監督(現岩手県高野連事務局長)成人おめでとう。あれから月日がたち、いよいよ大人の仲間入りですね。今まで支えてくれた多くの方々のおかげで、きょうがあると思います。感謝を忘れず、恩返し、恩送りができる大人になってくれることを願っています。震災を経験し、乗り越えようとした強い心と笑顔を忘れなければ、素晴らしい未来が待っているはずです。強い絆で結ばれた仲間を大切に、自分の未来を切り開いていってください。

 ▽復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年 東日本大震災で甚大な被害を受けた同校硬式野球部の姿を通して、被災地の「現在」を伝える連載企画。2011年5月11日に第1回がスタート。12年3月まで月に1回、3日連続で掲載。その後も不定期で継続しており、今回が47回目となった。

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