ヤクルト 宮本に「監督手形」用意 永久欠番構想も

[ 2013年8月27日 06:00 ]

今季限りでの引退を表明し、報道陣の質問に笑顔で答える宮本

 今季限りでの現役引退を表明したヤクルトの宮本慎也内野手(42)が26日、都内の球団事務所で引退会見を行った。将来の指導者への夢を語った宮本に対し、衣笠剛球団社長兼オーナー代行(64)は、指導者としての勉強を積ませた後、2、3年後にコーチとして招へいし、将来的に監督を任せる「監督手形」まで用意。背番号6を欠番とする構想も明かすなど、功労者に最大限の配慮を見せた。

 涙はなかった。宮本はPL学園のチームカラーの紺色のスーツに身を包み、同大カラーの紫色のネクタイ、そして、プリンスホテルカラーのえんじ色のハンカチを携えて会見場に登場。穏やかな表情で、時折笑みも交えながら19年間の現役生活を振り返った。

 11月で43歳になる。今年は先発出場こそ減ったが、まだプロとしてやり抜く自負はある。それでも「僕は守りから試合に出てきた人間なので、守りにつけない、レギュラーで出られないのは引くときかなとは感じた。衰えは正直そこまで感じていないけど、3年、5年やれと言われたら全く自信はない」。名手らしい引き際の美学だった。

 理想の指導者像には入団当時の監督の野村克也氏の名前を挙げた。今月中旬に野村氏の自宅を訪問し、引退する決意を伝えたところ「ネット裏から野球を見るのはいいこと。ベンチにいると勝ちたいという欲が出るから、純粋に勉強できるチャンス」との助言をもらったという。そして、「タイミングとか縁もあるので先のことはわからないけど、僕が“戻りたい”じゃなくて、“戻ってきてくれ”と言われるようにしっかり勉強してきたい」と指導者として再びヤクルトのユニホームを着る夢をはっきりと口にした。

 衣笠剛球団社長兼オーナー代行は、3度の日本一に貢献するなど黄金期を支えた功労者に「監督手形」を用意した。「充電期間を経て2、3年後にコーチとして戻ってきてもらいたい。こちらから頭を下げて復帰してもらいます。その先には監督も見えてくる。数少ない監督候補者の一人」と明言。2、3年後にヘッド格のコーチとして帝王学を学び、そして監督へ。早くも「監督・宮本」を育てる未来図は描かれている。さらに背番号6についても「今後、内部でそういう声が出てくると思う」と欠番に含みを持たせた。

 期待する若手へのコメントを求められると「まだまだ物足りなさは正直ある。明るい未来ではない」と厳しい言葉を並べた。それもすべては19年間過ごしたヤクルトへの愛情の裏返し。今後は宮本2世を育てていくことが、最大の恩返しとなる。

 ◆宮本 慎也(みやもと・しんや)1970年(昭45)11月5日、大阪府生まれの42歳。PL学園では2年夏の甲子園で優勝。同大、プリンスホテルを経て、94年ドラフト2位でヤクルトに入団。97、99~03年は遊撃手、09~12年は三塁手としてゴールデングラブ賞を計10度獲得。11年に自身初のベストナイン。12年に通算2000安打達成。球宴出場8度。05~08年はプロ野球選手会会長を務めた。今季はコーチ兼任。04年アテネ五輪、06年WBC、08年北京五輪日本代表。1メートル76、82キロ。右投げ右打ち。家族は夫人と1男3女。今季年俸1億6500万円。

 ▼ヤクル・堀澄也オーナー 宮本君は黄金期を築いてくれた最後の現役選手。他に類のない安打と犠打と守備の名人です。このような選手は今後なかなか出てこないでしょう。これからはよき指導者となるよう人間として、さらに磨きをかけてください。

 ▼名商大・中村順司監督(PL学園時代の恩師)8月上旬に会った時に聞きました。よくここまで頑張ったという気持ちです。高校、大学、社会人を経てプロを経験できたし、きっといい指導者になってくれるでしょう。

続きを表示

2013年8月27日のニュース