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最後まで攻めたスケートボード岡本の挑戦の軌跡

[ 2021年8月5日 05:30 ]

東京五輪第13日 スケートボード女子パーク ( 2021年8月4日    青海アーバンスポーツパーク )

<スケートボード女子パーク決勝>決勝に臨む岡本(撮影・会津 智海)
Photo By スポニチ

 新競技のスケートボード女子パークで世界ランキング1位の岡本碧優(15=MKグループ)は53・58点の4位で表彰台を逃した。金メダルを獲得した四十住さくら(19=ベンヌ)、銀メダルの開心那(12=WHYDAH GROUP)の影で涙を流した世界女王の存在こそが、白熱の決勝となった女子パークのレベルを引き上げた。

 4位で最終滑走を迎えた岡本は、守ることをしなかった。最後の板を回してつかむ技の「キックフリップ・インディー」を失敗。難度を落とした技を入れれば表彰台に届く可能性もあった中で、最後まで金メダルを諦めなかった。地べたで頭を抱え、顔をくしゃくしゃにして泣いた。決勝に進んだスケートボード仲間に抱えられて泣き笑いに変わったが、「とても悔しい。延期で自分の気持ちに負けたのが大きかった。そこを埋められるようにもっと頑張ろうと思った」と次から次に涙が頬を伝った。

 五輪延期でモチベーションの維持に苦しんだ岡本は、今年5月のデュー・ツアーで3位と結果を残せなかった。それでもこの日の決勝に合わせ、代名詞である斜め軸の1回転半のエアー技「540」に、板を前後に入れ替える「バリアル」を合わせて魅せた。優勝した四十住や3位のスカイ・ブラウン(英国)はこの1年で540を完全に習得し、決勝でメイク。世界トップの岡本の540、それも斜め軸の「マックツイスト」というレベルの高い1回転半技が指標となり、女子全体のレベルを変えた証左だった。

 愛知県生まれの岡本は4歳上の兄に続いて小学2年生でスケートボードを始めた。スノーボードのハーフパイプのような半円状のセクションを滑るバーチカルに「空を飛んでいるような感じが楽しい」と没頭。あま市のスケートパークでプロスケーターの笹岡拳道コーチ(28)ら笹岡家が主催するスケート教室に通い始めると、「もっとうまくなりたい」と小学6年生で下宿を頼み込んだ。「そんなに甘くない」と反対する両親を説得し、友達と離れる寂しさも覚悟の上で最終学期前の18年12月に転校。笹岡家がある岐阜市を新天地に、当初感じたホームシックも感じなくなるほどのスケボー漬けの毎日が始まった。

 技術面を指導する拳道さんは岡本の第一印象を「スケートをやっている人にしか分からないセンスのような、板に乗れている感じがあった」と振り返る。拳道さんの弟でパークでの五輪代表を目指した建介(22=MKグループ)も全く同じ印象を抱いたという。当時から飛び抜けていたエアーの高さに、拳道コーチは「やらせるなら540しかない」と確信。540成功を小学校卒業までの“宿題”にした。何度も転び、恐怖心で「やっぱり無理」と逃げることもあった。そのたびに「諦めるなら笹岡家にいることも世界を目指すことも諦めないといけない」というコーチの言葉で奮い立った。岡本が技を成功させたのは19年1月。下宿前の期間を合わせると挑戦から約1年が経っていた。初めて成功した時は喜びのあまり涙を流した。

 岡本の飛び抜けた高さの540、マックツイストは今も他の追随を許さない完成度を誇る。決勝の最終滑走で高難度技を外さなかった選択について、拳道コーチは「本人もそれで行きますとのことだったので、最後まで攻めさせました」と明かす。その姿は五輪まで挑戦を続けた岡本の歩みを象徴してるようだった。試合後に「みんなに応援してもらえる選手になりたい」と語った岡本。試合には負けたが、心を打つ滑りは見ている人に強い印象を残したはずだ。

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