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佐渡ケ嶽部屋8人目賜杯 先代教え「ケガは稽古で治せ」体現した琴奨菊

[ 2016年1月25日 05:30 ]

花道でファンとハイタッチする琴奨菊

大相撲初場所千秋楽 琴奨菊 突き落とし 豪栄道

(1月24日 両国国技館)
 10年ぶりの日本出身力士の優勝は、佐渡ケ嶽部屋にとっては08年夏場所の琴欧洲以来の優勝だ。元関脇・琴ノ若の現師匠は「本当にうれしい。真面目にこつこつと稽古を積み重ねてきた結果だと思う。先代(元横綱・琴桜)の教えを体現してくれた」と目頭を押さえた。

 その教えは「ケガは稽古で治せ」。日々の鍛錬で負傷箇所の周りの筋肉をしっかり鍛えれば、ケガを乗り越えられる。13年九州場所に負った右大胸筋断裂の大ケガを克服しての幕内優勝は不断の努力のたまものだった。

 佐渡ケ嶽部屋は34人の力士が在籍し、木瀬部屋と並んで角界一の大所帯だ。所属力士の幕内優勝は琴桜に始まり、琴奨菊で8人目、通算14回目。優勝間隔は長くても8年で、コンスタントに優秀な力士を輩出してきた。その礎を築いたのは“猛牛”の異名を取り、突き押しの名手だった先代師匠だ。熱血指導に定評があり、“初代がぶり寄り”の大関・琴風(現尾車親方)、関脇・琴錦(現朝日山親方)、大関・琴欧洲(現鳴戸親方)、大関・琴光喜ら22人もの関取を育てた。稽古場では毎朝「押せ!押せ!」「とにかく出ろ!」の野太い怒声を響かせた。中学横綱、高校7冠のアマ時代は四つ相撲を得意とした琴奨菊だが、この厳しい指導で突き押し、がぶり寄りを身に付けた。

 07年8月に66歳で他界した先代は松戸市の部屋から徒歩10数分の墓所に眠る。墓石の正面は部屋の方角を向いており、今も弟子たちを見守る。現師匠は毎日、墓所で手を合わせ、弟子たちの無事と活躍を祈っている。

 稽古場の上がり座敷には先代が使用した不知火型の「綱」が飾られている。多くの優勝力士を出したが、部屋で綱を締めたのは琴桜だけだ。現師匠は「先代の夢であり私の夢でもある横綱への道が待っています。ここで満足せず、精進してくれると思います」と“猛牛”譲りの厳しさで琴奨菊に早速ハッパを掛けた。

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