引退も考えた昨年…琴奨菊 愛妻と踏ん張った日本出身10年ぶりV

[ 2016年1月25日 05:30 ]

タイを持ち上げる琴奨菊(前列右)と笑顔で写真に納まる祐未夫人(前列左)、父・菊次一典さん、母・美恵子さん

大相撲初場所千秋楽 琴奨菊 突き落とし 豪栄道

(1月24日 両国国技館)
 10年ぶりに日本出身力士が賜杯を抱いた。単独トップで千秋楽に臨んだ大関・琴奨菊(31=佐渡ケ嶽部屋)は、大関・豪栄道(29=境川部屋)を突き落としで破り14勝1敗とし、大関26場所目で初優勝を飾った。和製力士の優勝は06年初場所の栃東以来。相次ぐケガで5度のカド番を経験した日本人大関は、祐未夫人(29)の支えもあって窮地を乗り越え栄冠をつかみ、場所後の披露宴に花を添えた。春場所(3月13日初日、エディオンアリーナ大阪)で綱獲りに挑戦する。

 この瞬間を待っていた。館内のボルテージが最高潮に達する、この瞬間を。豪栄道との大関対決を制すると大歓声と拍手が鳴りやまない。琴奨菊が初めて経験する異様な熱気。10年ぶりの日本出身力士優勝を果たし、勝ち残りで東の控えに腰を下ろすと感極まった。込み上げる熱いものを覆い隠し、混乱した思考を鎮めるように目を閉じた。

 「信じられない。(勝ち残りで)もう一番あるのかな…とか訳分かんないことを考えていた」

 勝てば優勝という一番でも冷静だった。豪栄道とはケンカ四つ。立ち合いは左を固めてからねじ込み差し勝った。右で抱えて得意のがぶり寄り。そして土俵際で圧力をかけてから右突き落とし。「気持ちで負けないように。しっかり自分の相撲を取れた」。今場所唯一の黒星は同期生対決で「気合が入り過ぎた」豊ノ島戦。その反省を忘れずに平常心を保った。

 新大関の11年九州場所から26場所目、昭和以降の大関では最も遅い初優勝だ。ご当地の昇進場所こそ初日から9連勝で期待を抱かせたが12年秋場所で左膝じん帯損傷、13年九州場所で右大胸筋断裂など相次ぐ大ケガに見舞われた。次第にファンの注目はライバルの稀勢の里へ移った。

 転機は5度目のカド番で迎えた15年7月の名古屋場所だった。12日目を終えて5勝7敗。父の菊次一典さんによると、満足に稽古ができないまま出場して結果が出ない苦境に、本人は「やめよう」と引退を考えていたという。土壇場で踏ん張れたのは祐未夫人がいたからこそ。7勝7敗の千秋楽、琴奨菊は変化に近い内容で新大関の照ノ富士に勝ち、大関残留を決めた。

 愛妻につらい思いをさせたくない一心で、信念を曲げてでも勝ちに徹した。「今は孤独な闘いじゃない。一緒に闘ってくれる人がいる」。同年8月の夏巡業後は新たなトレーニングで体幹、下半身を強化。成果を得る過程でプラス思考も身に付けた。家に帰れば栄養に配慮した食事や楽しい会話で癒やしてくれる祐未夫人がいる。今月30日は32回目の誕生日で、祐未夫人との結婚披露宴を催す。「初優勝で最高のプレゼントができた」。目を糸のように細くして喜んだ。

 春場所は綱獲りに挑む。出身地の福岡県柳川市は横綱土俵入りの型を伝えたとされる第10代横綱・雲竜の故郷。周囲の期待はさらに膨らみ、重圧は増す。「15日間、自分の相撲を取り切れば結果が出ることが分かった。また優勝を目指して、一つ上の地位もある。頑張りたい」。信頼できるパートナーと手を取り合い、力強く歩んでいく。

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