【コラム】金子達仁

退屈だった後半途中までの「典型的な日本」

[ 2018年11月22日 06:00 ]

キルギス戦に勝利して喜ぶ日本代表
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 勝てなくても見ていてストレスのなかったのが先週末のベネズエラ戦だとしたら、勝っていてもストレスフルな気分になってしまったのが、後半途中までだった。

 出来の悪い選手が多かったわけではない。2度の決定機を外した伊東などは、わたしが親であれば家に帰ってから懇々と説教をカマすところだが、持ち前のスピードスターぶりを発揮したのも事実。箸にも棒にもかからない出来、というわけではなかった。

 伊東だけではない。代表デビューで初ゴールを決めた山中の名前を覚えた人は多かっただろうし、中盤の底を支えた守田の働きは見事だった。守備陣のミスが皆無に近かったのも、見逃せないポイントである。

 にもかかわらず、後半途中までの試合内容に、わたしは思いっきり退屈してしまっていた。ピンチもなければチャンスもない。そう、力の差のある相手と戦う際の、いってみれば典型的な日本だった。

 だが、大迫、堂安、南野、そして中島。この4人が入ったことで試合の空気は激変した。彼らのプレーを見れば、なぜ彼らが入る以前の試合が退屈だったのかがよくわかった。

 先発した11人は、チームが勝つために全力を尽くしていた。その思いが強すぎたあまりか、ほとんどのプレーのファーストチョイスは「安全」だった。絶対に負けてはいけない。相手にボールを与えてはいけない。これが公式戦だというのであれば、そうやって当然の戦い方である。

 だが、交代して入ってきた4人の考え方は少し違った。もちろん、彼らも勝利は欲していただろうが、それに負けないぐらい、自分の存在感を示すことに飢えていた。

 決定的な、しかしかなり難易度の高いシュートを外した南野は、簡単なシュートを外した伊東よりも感情をむき出しにしていた。まだ勝負が決していない時間帯にシュートを外した伊東よりも、激しく審判と自分に対して腹を立てていた。

 本来、それは先発した選手たちが持っていなければならないメンタリティーではなかったか。

 まだレギュラーは決まっていない。けれども、キルギス戦での先発を命じられたということが、すなわちアジアカップでは控えに回る可能性を示唆していることぐらい、選手たちは当然気づいていたはずである。

 だから、これが欧米の選手であれば、公式戦よりは失敗の許されるテストマッチということもあり、まず自分の存在をアピールすることに主眼をおいてプレーしただろう。そうしなかったのがほとんどのJリーガーたちで、そうしたのが海外でプレーする元Jリーガーだった。

 アピールしようという気持ち。リスクを冒してでも実を取ろうとする気持ち。Jリーガーと元Jリーガーの差は、せいぜい5%あるかないかだろう。だが、そのたった5%が、集団となると大きな違いになって表れるということがよくわかった。

 そうそう、ちょっと心配なのは柴崎だ。明らかにチーム内での存在感が薄れてきている。アジアカップ制覇に向けて、いまのところ唯一の不安である。(金子達仁氏=スポーツライター)

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