日本代表・堂安“律して”一流へ 名門G大阪アカデミーで叩き込まれた基礎

[ 2019年10月15日 10:00 ]

2020 THE STORY 飛躍の秘密

今やA代表の主力となった堂安
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 68年メキシコ五輪3位以来のメダル獲得を狙う日本サッカー。MF久保建英(18=マジョルカ)とともに森保ジャパンの中心を担うMF堂安律(21=PSVアイントホーフェン)には大きな期待がかかる。G大阪アカデミーで育ったレフティーは同じアカデミー出身のMF家長昭博(33=川崎F)やFW宇佐美貴史(27=G大阪)とは違った育成法を受けてきた。中学時代を指導した鴨川幸司アカデミーヘッドオブコーチ(49)が当時を振り返る。

 「こんな選手になると思っていなかった」

 今夏、堂安はフローニンゲンからPSVに完全移籍。すでにA代表の主力となり、来年の東京五輪でも中心を担う。順調なステップアップ。鴨川コーチは目を細めつつ、在りし日の記憶をたどった。

 彼は家長昭博ではなかった。宇佐美貴史でもなかった。「良い選手やな」。最初に見たのは9年前。堂安が小学6年の夏ごろだった。関西トレセンの練習視察に訪れた鴨川コーチは「同学年では断トツ。でも稲本や宇佐美、家長を見てきたのもあったので、彼らほどの選手じゃない」という第一印象を抱いた。

 堂安は体つきが少々ぽっちゃりしていた。そのためスピードに課題を抱えていた。いざG大阪ジュニアユースの扉を叩いても、家長や宇佐美のように中学1年時からAチームに交ざってプレーできるような選手ではなかった。「家長はもっと凄かったぞ。アイツはもっとスピードがあって、ボールを扱う技術ももっとうまかった。おまえは天才じゃないとは言い続けていましたね」。W杯に送り出した選手総数は7人。五輪には6人。名門アカデミーで28年間、指導を続ける鴨川コーチの目は厳しかった。

 家長は川崎Fに所属した18年にJリーグ年間MVPを獲得。宇佐美は19歳でドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンに移籍し、18年W杯ロシア大会に出場した。2人ともアカデミー出身で“至宝”と呼ばれた。ただ…。鴨川コーチは付け加える。「家長も宇佐美もまだ才能を発揮し切れていないのではないかと思う」

 指導者は選手の長所(=才能)を飛躍的に伸ばすことはできない。「まずセレクションで特徴のある選手を選んできます。そして土台(=基本)を向上させることで持っている個性を広げていく。その繰り返しが、結果として三角形をどんどん大きくしていくという考え方です」。基本とは(1)ボールを「止める」「蹴る」「運ぶ」という技術(2)判断力(3)体力(4)謙虚さや献身性といった精神面など多岐にわたる。鴨川コーチは家長や宇佐美については「クラブとしてハードワーク的なアプローチが少し足りなかったのではないか、と反省している」と振り返る。

 G大阪ジュニアユースは92年発足。実績と経験、反省はクラブの財産だった。堂安は当初からハードワークを求められた。切り替えの早さ、オフザボールの動き。蓄積された中で出てきた答え「基本」の徹底的な刷り込みを行った。同学年の中ではサボっていてもできてしまう。それを注意されるとふて腐れる時もあったが、事あるごとに家長との違いを強調されて「おまえはハードワークできんと成功せえへんで」とてんぐの鼻を折られた。そして歯を食いしばって、要求に応えようとした。鴨川コーチにとっては堂安の負けん気の強さを見抜いていたからこそのアプローチだった。

 それでも高い壁は何度もやってくる。2年に進級する時、やっとAチームに入れるようになった。1学年上にいたのは、のちにプロ入りする市丸瑞希や初瀬亮、高木彰人ら。確約されたポジションはなかった。そんな伸び悩む姿を見て、鴨川コーチは「頭打ちしてきたんかな…」と危惧した。だが1年時から基本を叩き込まれたことは、才能の目覚めを促進させた。彼は勝負強さを持っていた。史上初のU―15世代の3冠を達成した12年。NIKEプレミア杯では完全なレギュラーではなかったが、決勝の大宮JY戦で1得点を挙げた。年末に再び大宮JYと相まみえた高円宮杯決勝でも2得点。結果を残すことで、居場所を開拓してきた。

 天性の才能が、のちのキャリアを決めるとは限らない。アカデミーが連綿と紡いできた歴史の重なりの上に、今の堂安律がある。

 ≪本田に似てる!?左利き、速くない足…そして問題が起きたときの“行動力”≫家長でも宇佐美でもないけどMF本田圭佑(前メルボルン・ビクトリー)にはソックリ!?鴨川コーチは「律と圭佑はいろんなところで共通点が多い」と笑う。同じ左利きで、足も速くない点。「才能ではなく努力で持っている能力を伸ばしてきた」タイプ。そして類似点を挙げる上で忘れられないエピソードがある。
 堂安が中学3年に進級した13年。チームでスペイン遠征に出向いた。夜にはバルセロナのアカデミーとのトレーニングマッチが予定されており、午前中にボールを使った練習をしようとした。だが選手たちがドリンクボトルの準備やボールの空気を入れていないなど、練習の準備を怠っていたため罰走を指示。すると堂安がそばに来て「初戦前に走ったらコンディションが悪くなります。日本に帰ってから走らせてください」と“逆提案”してきたという。G大阪ジュニアユースに所属していた本田も同じような場面があった時に「ボールを使ったトレーニングをさせてほしい」と要望してきたことがあった。「2人とも何か問題が起きたとき、自ら解決策を考えて行動に移せる“行動力”も共通点だと思う」
 堂安本人は他の誰かと比較されることを好まない。だが聖火ランナー公募キャンペーン記者発表会で「五輪優勝」を掲げた。そして本田も「W杯優勝」を公言して、日本サッカー界をけん引した。

 ◆堂安 律(どうあん・りつ)1998年(平10)6月16日生まれ、兵庫県尼崎市出身の21歳。西宮SS―G大阪ジュニアユース―G大阪ユースを経て15年5月27日のACL・FCソウル戦でクラブ史上2番目となる16歳344日でプロデビュー。16年に“飛び級”でトップ昇格した。J1通算15試合3得点。18年9月11日の親善試合コスタリカ戦でA代表デビュー。国際Aマッチ通算17試合3得点。兄・憂はJ3長野所属。1メートル72、70キロ。左利き。

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