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オランダを過小評価…ブラジルを混乱に陥れた「敗退への恐怖」

[ 2010年7月4日 12:21 ]

<ブラジル・オランダ>前半圧倒しながら、まさかの敗戦。カカー(右)は無得点のままW杯を去った

 元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(55=FC琉球総監督)が、W杯準々決勝のブラジル―オランダ戦を分析。4強を前にW杯から姿を消したブラジルの敗因を探った。

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 率直に言えば、不思議な試合だった。ベストなチームが勝ったという感じがしない。個の力、技術ではブラジルがあらゆる局面で上回っており、自動車のエンジンに例えるならば、ブラジルの方が強かった。しかし、最大限のパワーを生かしたのはオランダだ。ブラジルは60%程度しか使っていないだろう。

 今大会のブラジルは世界のメディアから“退屈なサッカー”と批判さえ受けてきた。ドゥンガ監督のサッカーはディシプリン(規律)に基づいてボールを支配し、非常に堅実なプレーをするからだ。その上で個人技が発揮される場面ではサンバの薫りを漂わせた。しかし、そのシステムには限界があったと思う。

 攻撃は、例えば右サイドなら右にというふうに1カ所に偏りすぎていた。ピッチをワイドに使って左右から攻撃を仕掛け、相手のDFを開かせようとしていたオランダとは対照的だ。その上、前半はブラジルが試合の主導権を握ったため、オランダの力を過小評価してしまったのだろう。

 オランダはマネジメントの勝利だった。本来は守備的なチームではないが、相手との力関係でマイナスの時間が続いた。その時間帯を辛抱強く耐えた。個々にキープ力のあるDFラインからビルドアップし、何度もパスをつなぐことで徐々に相手のプレッシャーを排除した。後半、ラッキーな得点が生まれてからは流れを引き寄せ、力関係を自分たちのものにした。シナリオとしては、MF本田圭佑のFKで息を吹き返した日本代表のデンマーク戦に似ていた。

 一方、慢心に陥っていたブラジルは同点に追いつかれたことでパニックに陥った。オランダのロッベンはもちろんプラスアルファの大きな選手だが、メッシではない。プレースタイルは突っかけて左に切り返し、左足シュートというワンパターンだ。DFとしては対応しやすいはずだが、混乱してしまった。後半28分、MFフェリペ・メロの一発退場がさらに追い打ちをかけた。本当に負けるのではないか――という恐怖に襲われ、精神的に負けてしまったのだ。

 マネジメント、精神的なアプローチ、そしてコーチング。この一戦では、この3点が勝敗の20%を占めていたように思う。私は戦前、オランダを優勝候補に挙げていた。だから、この結果に“驚いた”とは言えないのだが、試合を見る限りでは個々の力でブラジルが上回っていた。監督の仕事、役割の大きさを思い知らされる結果だった。

 最後にひとつ、日本人として初めてW杯準々決勝のレフェリーを務めた西村雄一主審のジャッジも素晴らしかった。自国開催以外で初めて決勝トーナメントに駒を進めた岡田ジャパンも同じだが、日本サッカーの知名度は世界的に高まってきているのだと思う。

 ◆フィリップ・トルシエ 1955年3月21日、フランス・パリ出身の55歳。93年からナイジェリア、ブルキナファソ、南アフリカなどアフリカ諸国の監督を歴任。卓越した手腕で白い呪(じゅ)術師の異名を持つ。98~02年に日本代表監督。02年W杯では「フラット3」という独自の3バック布陣で日本を初の決勝トーナメントに導いた。その後もカタール、モロッコなど代表監督を歴任し、07年12月からJFL・FC琉球の総監督。現役時代のポジションはDF。

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2010年7月4日のニュース