【アニ漫研究部】「ガンダム」安彦良和氏 歴史漫画描き続け「神話の人物って本当にいたんですよ」

[ 2022年11月5日 10:00 ]

漫画講座「安彦良和の歴史マンガ道」を開いた安彦良和氏(東京都江東区・森下文化センター)
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 人気のアニメや漫画のクリエイター、声優に迫る「アニ漫研究部」。今回は「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」などのアニメ監督で、漫画家の安彦良和氏が10月30日に東京都江東区の森下文化センターで行った講座「安彦良和の歴史マンガ道~神話の時代から未来戦史の世界まで~」を前後編でリポートします。この道50年の漫画編集者、綿引勝美氏(メモリーバンク)を聞き手に歴史漫画に込めた思いなどを語りました。

 「自分でもなかなかユニークだと思いますが、アニメを20年やって、漫画を30年やって合わせて50年。こういう経歴の人間はそうはいないのではないでしょうか」

 会場の約100人に自らをそう紹介した安彦氏。「宇宙戦艦ヤマト」(1974年)、「機動戦士ガンダム」(79年)などで人気アニメーターとして活躍し、79年にはギリシャ神話を題材にした「アリオン」で漫画家デビュー。80年代はアニメと漫画で二足のわらじを履き、90年代以降は歴史をテーマとする漫画を描き続けてきた。

 「アニメを辞めて最初の仕事は『ナムジ』でした。楽しかったですね」。89年夏から描き下ろしで発表した「ナムジ」は、古事記や日本書紀に登場するオオクニヌシ(ナムジ)を主人公とする作品。同年春に劇場公開され、総監督を務めたアニメ映画「ヴイナス戦記」の作業中に、スタジオそばの書店で手にした1冊の本が、後に歴史漫画の道に踏み込むきっかけとなったという。

 その本の名は「古代日本正史」(76年刊)。故原田常治氏が、全国の神社伝承を基に古代史を読み解き、日本書紀や古事記をベースとする古代史観に一石を投じた本だ。

 安彦氏は「何となく手に取ったのですが、ファンになってしまった。この視点で歴史を描いてみたい」との思いから原田氏サイドに許諾を取り、執筆に入った。

 聞き手の綿引氏に「出雲と日向の対決に卑弥呼も絡ませるなど、大胆に歴史を“再構築”した作品でしたね」と指摘されると、その真意を語った。

 「学者さんは慎重で、なかなか神社史観のようなものを取り入れることはない。でも神社ってものすごく古いんです。古事記や日本書紀、風土記が8世紀に編さんされましたが、神社は創設が3世紀、4世紀なんてものがザラにある。そういう所に伝わる話を、単なる“言い伝え”と切り捨ててはいけないと思ったんです」

 ナムジの続編「神武」(92~95年発表)や「ヤマトタケル」(2012~18年発表)を通じて貫いたのは「神話の人物は実在した」という姿勢。

 「オオクニヌシノミコト…つまりオオナムジも、スサノオノミコトもアマテラスオオミカミも、きっといたんですよ。名前は違うかもしれないけど、モデルとなる人物はいたと思う。神武東遷(神武東征)も恐らく史実ということで描きました。ヤマトタケルだって、複数の人物をモンタージュ的に組み合わせたとも言われますが、いたんだと私は思います。(伝えられている)全ての軌跡を反映しているかは分かりませんがね」

 取材のための神社めぐりも楽しんだ。直前に取り組んだ「ヴイナス戦記」が興行的に振るわなかったこともあって「アニメを辞めて、本来なら落ち込んでいてもおかしくない時期」と言いながら「出雲(島根県中東部)や日向(宮崎県北東部)など、あちこちに行きました」と笑顔。現地の人とのエピソードを交えながら「アニメーターは歩けないですからね。“取材です”なんて言って歩いてると、何となく“俺、格好いいなぁ”なんて気分になったりして(笑い)。旅館でも“書き物をなさってるんですか”なんて聞かれて“えぇ、まあ”と答えるやり取りも気持ち良かった。90年代は幸せだった。今が不幸せというわけじゃないですけどね」と笑った。

 それにしても「ヤマト」や「ガンダム」という未来的SFアニメで現在のアニメ人気の基礎を築いた売れっ子アニメーターが、なぜ歴史漫画を描き始めたのか。安彦氏はこの時期、日本の古代史だけでなく「虹色のトロツキー」や「王道の狗」で昭和と明治、「ジャンヌ Jeanne」や「イエス JESUS」では西洋史にも踏み込んでいる。「幸せだった」という90年代は、ひたすら歴史を描き続けた10年だった。

 そして21世紀。2001年に相撲の始祖とされる野見宿禰(のみのすくね)が主人公の「蚤(のみ)の王」を描くと、日本の古代史の執筆に一区切りつけて「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」に取り組むことになる。ロボットアニメの金字塔「機動戦士ガンダム」の第1シリーズに新たな解釈を加えての漫画化だ。そしてこのプロジェクトが14年後の2015年、一度は離れたアニメの世界に自らを引き戻すことになる。

 次週は「虹色のトロツキー」なと日本の近代史を描いた作品に込めた思いと、歴史漫画に踏み込んだ理由、今年公開された映画「機動戦士ガンダム ククルスドアンの島」について語った後編をアップします。

 ◆安彦 良和(やすひこ・よしかず)1947年生まれ、北海道紋別郡遠軽町出身。弘前大を経て、70年に虫プロ入社。その後、フリーとなり、「宇宙戦艦ヤマト」シリーズや「勇者ライディーン」「機動戦士ガンダム」に参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などを務める。漫画家転向後、90年「ナムジ」で日本漫画家協会賞優秀賞、2000年「王道の狗」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などを受賞。15年公開の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル」で総監督を務め、約25年ぶりにアニメ現場に復帰。

 ◆綿引 勝美(わたひき・かつみ)1946年生まれ。国学院大日本文学科卒業後、69年に秋田書店に入社。「まんが王」「週刊少年チャンピオン」「プレイコミック」編集部に在籍し、藤子不二雄(藤子・F・不二雄)氏、吾妻ひでお氏、横山光輝氏らを担当。横山氏の「バビル2世」「マーズ」を企画、担当。80年に株式会社メモリーバンクを設立。編集プロダクションの先駆けとして、漫画・アニメ・特撮のムック、コミックス、イベントなどを企画、編集。SFコミックス「リュウ」「アニメディア」などの創刊に立ち会う。

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