【内田雅也の追球】「交差点」で見えた猛虎愛 会見に同席せずとも、矢野監督も岡田新監督も思いは同じ

[ 2022年10月16日 08:00 ]

退任する阪神・村山実前監督と握手を交わす中村勝広新監督(1989年10月18日、大阪・梅田のホテル阪神)
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 ゆく人、くる人が交錯する。そんな1日だった。今季限りでの退任を表明していた監督・矢野燿大は大阪・野田の阪神電鉄本社でオーナー報告会の後、退任会見に臨んだ。夕方には新監督として岡田彰布就任が発表された。岡田は近く就任会見に臨む。

 「退任と就任を同じ日に発表するなら同席で会見できないのか」と、ある球界関係者から電話をもらった。「ちょっと難しいですね」と答えた。

 他球団はともかく、監督交代の度に騒動があった阪神では考えづらいことだ。前例は1度だけある。1989年10月18日のホテル阪神。辞任する村山実と就任する中村勝広が同席し、ひな壇で握手を交わした。村山の願いを球団と中村が了承して実現したのだった。

 村山は監督就任時の87年10月16日、前監督・吉田義男の自宅をあいさつに訪れ、相合い傘で報道陣の前に現れていた。

 円満な監督交代を演出したかったのだろう。熱血漢で一本気な村山はどろどろした権力闘争に嫌気がさしていた。

 今回の矢野はどうか。キャンプイン直前に「今季限りで退任」を表明した。相当な批判が渦巻いた。ただ、昨年オフに1年契約を更新した際、球団や本社とやりとりするなかで「最後の1年」と腹をくくったのだ。何人かに打ち明け、いずれ漏れる胸の内を黙っておくのは自分で許せなかった。全員に今年1年にかける思いを話すのはあのタイミングしかなかった。キャンプ中や開幕近づく3月、ましてや公式戦中では遅すぎる。当初から「円満」とは言いがたかったとみている。

 同席なんてせずとも、矢野も岡田も阪神を愛する思いは同じである。矢野は野球で人生を説き、岡田は野球とともに人生を歩んできた。タイガースこそすべてだと身を粉にする覚悟がある。
 五木寛之は『大河の一滴』(幻冬舎文庫)で<大河の水の一滴が私たちの命だ>と記している。<空から降った雨水は樹々(きぎ)の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸いこまれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する>。

 この大河こそ、伝統のタイガースである。新旧監督が行き交う「交差点」で見えたのは、猛虎愛だった。 =敬称略=(編集委員)

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2022年10月16日のニュース