金足農の吉田投手は甲子園で1255球を投げていた? 米国のデータをもとに割り出した驚がくの真実

[ 2018年8月24日 12:30 ]

金足農・吉田
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】米国の高校体育協会が野球に厳格な投球制限制度を設けて3年が経過した。高校野球そのものを認めていないモンタナ、ワイオミング、アイダホ、サウスダコタの4州を除くと、無制限で投げてもよいのはボストンのあるマサチューセッツ州だけ。コネティカット州では1試合の投球制限はないが、投げた球数によって以後、中1日〜3日の休養が義務づけられている。

 認められている最も多い1試合の投球数は、今季からこの制度を導入したルイジアナ州など3州の125球。最少はペンシルベニア州の100球で、今夏の甲子園を沸かせた金足農(秋田)の吉田輝星投手(3年)がもし米国にいた場合、ほとんどの州で降板もしくは先発不可能という事態に追い込まれる。

 もちろん将来のある高校生投手の肘と肩を保護するのが目的。監督からは批判や不満の声もあるようだが、この制度は着実に全米に広まっている。

 制限は球数にとどまらない。ノースカロライナ州のヘイズビル高校はバスケットボールの選手でもあった投手が1人、膝を痛めたために登録選手が13人に減り、この影響でシーズンの試合数を16に制限することになった。2年前と比べて4試合少ない日程。仮に所属カンファレンスで好成績を残しても州選手権などには出場しないのだ。日本と違って全国大会はなく、州の選手権が高校生にとって一番大きな大会だが、陣容が整っていないとこれさえもダメだしをくらってしまう。

 日本で言うなら地方大会で優勝しても、投手の数が少ないと試合過多を回避するために全国大会には出場できないというルールなのだ。

 選手にも不満はあるだろう。しかしもっと厳しい制限が必要だという声も出始めた。

 きっかけは今年5月に科学系サイト「サイエンス・デイリー」が配信した高校生投手の“カウントされない投球数”という分析記事。フロリダ大の調査による内容で瞬く間に反響を呼んだ。

 この調査は1試合で105球の投球制限が設けられているフロリダ州の17歳と18歳の高校生投手、115人を対象に実施。彼らが投げた計1万4000球を分析すると、公式記録には出てこない球数がその42・4%に達していたことが明らかになった。つまりウォームアップやブルペンで投げている球数で、105球枠の投手は実際には119球以上を投げていたとされており、甲子園で計881球を投げた吉田投手にこのデータを当てはめると「1255球」という恐るべき数字がはじき出されてくる。

 米国方式を全部採用しろ、というのではない。州ごとに制限投球数が違うので、この統一されていない制度はまだ改善と改良の余地が残されている。ただ日本の高校野球はこれだけ盛んになりながら、まだこのジャンルへの“第一歩”を踏み出していない。多くの識者が提唱しているように見直すべき時期に来ているだろう。

 「そんな制限を加えれば高校野球ならではの感動のドラマがなくなってしまう」。応援する人とファンの方々はそう思うかもしれない。

 でもそんなことはない。6月11日。ミネソタ州のマウンズビュー高校の左腕、タイ・コーエン投手は所属カンファレンスの優勝決定戦でトティーノ・グレイス高校と対戦していた。勝利まであと1人。そして最後の打者を外角低めのストレートで三振に仕留めた。

 ボールをミットに収めたマウンズビュー高校の捕手は歓喜。すぐにマウンドにいたコーエンのもとに駆け寄った。

 ところがコーエンは女房役には目もくれず、見逃しの三振に終わったトティーノ・グレイス高校のジャック・ココン選手を抱きしめた。

 2人はリトルリーグで同じチームでプレーしていた幼なじみ。自分の喜びよりも親友の悲しみを思いやったその何気ない行為は「スポーツマンシップの象徴」として全米に伝えられ、多くの人に感動を与えた。

 ミネソタ州では1試合の投球数は105球まで。31〜50球を投げると中1日の休養を義務付けられ、51〜75球で中2日。76球以上だと中3日を空けないとマウンドには立てない。それでもそのルールの中で高校生たちは奮闘し、見ているものの心を揺り動かした。

 準優勝した金足農の健闘と、2度目の初夏連覇を達成した大阪桐蔭の快挙は歴史に名を残すドラマだった。しかしこれで良いのか、という思いはある。我々大人は高校生たちを本当に理解しているのだろうか?たとえ投球と試合数に制限を設けても、少年たちは彼らなりのやり方でドラマを作ってくる。そうは感じてもらえないだろうか…。

 吉田投手が甲子園で投げた(はずの)1255球。記者としても人間としても、考えさせられる4ケタの数字だった。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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2018年8月24日のニュース