エースの意地で雪辱!マエケンで4強 7回7K零封プエルトリコ料理

[ 2015年11月17日 05:30 ]

<日本・プエルトリコ>3回1死一、三塁、A・メンデスのバットをへし折り投ゴロ併殺打に抑えた前田健は渾身のガッツポーズ

プレミア12準々決勝 日本9―3プエルトリコ

(11月16日 台湾・桃園)
 エースの力で侍ジャパンが東京凱旋を決めた。予選ラウンドを突破した8チームによる準々決勝が行われ、B組を5戦全勝で1位通過した日本はプエルトリコを9―3で破った。先発・前田健太投手(27=広島)が13年WBC準決勝で敗れた相手を7回4安打零封。快勝の立役者になった。東京ドームで戦う準決勝は19日、相手は韓国に決まった。世界一まであと2つだ。

 前田健は小久保監督と固い握手を交わした。負けたら全てが終わる一戦を託され、勝った。「監督に“エース”と名前を挙げてもらっているので、期待に応えられてよかった」。指揮官は最敬礼しながら、ここまで隠し通した秘密を語った。

 「前田健太には1カ月も前から、きょう投げると伝えていた。この1カ月のプレッシャーはあったと思う。さすがです」

 一発勝負のトーナメント、その第一関門。不覚を取れば全勝した予選ラウンドの戦いが水泡に帰し、準決勝以降の舞台となる東京ドームにはたどり着けない。重圧がかかる試合をエースで勝ちきることが、世界一への階段を上りきるためにはどうしても必要だった。

 「とにかく負けられない試合だった」。7回無失点、7奪三振。信頼を裏切ることなく完璧に試合をつくった右腕は、爽やかな笑顔を浮かべた。ピンチは1度だけだ。3回1死一、三塁、チェンジアップでメンデスのバットを折り、投ゴロ併殺。最高の形で窮地を脱すると、最速152キロの直球を軸に、その後は二塁さえ踏ませなかった。

 予選ラウンドのメキシコ戦は5回2失点と不本意な結果。5日の強化試合(ヤフオクドーム)で3回を8奪三振の無失点に抑えたプエルトリコ打線を相手に、本領を発揮した。13年WBCでは準決勝で対戦。5回4安打1失点も敗戦投手となり、大会3連覇を逃した。「(当時と)別のチームとは思うけど、もうああいう思いはしたくなかった」。因縁の敵に強い気持ちで向かっていった。

 14日の米国戦の後、広島からサポート要員として加わっている高橋英樹打撃投手や、同行する広島・蔦木篤トレーナーらと台北市内の中華料理店に食事に出かけた。酒をつぎ、大皿料理は取り分ける。台湾に来てからは同い年の選手との会食が多かったが、予選1位通過を決めた節目の日に、陰で支えてくれている広島勢の裏方への感謝を行動で伝えたかった。

 7回90球。今回と同じ中4日で21日の決勝に投げる可能性を問われた小久保監督は「1カ月前から伝えていて、この先も…というのは酷な気がする。本人と話はするけど、決勝は違う人間を考えている」と話した。芸術の域に達した、最高の投球。大事な仕事を日本のエースが務め抜いた。 (桜井 克也)

 ▼嶋(前田健を好リード)マエケンは一球一球魂を込めて投げていた。

 ▽前田健の13年WBCでのプエルトリコ戦 3月17日の準決勝(AT&Tパーク)で対戦。初回、1球目を投げた後に球審から左手首につけている数珠を外すように注意され、リズムを狂わされる。1死から連続四球を与えると、2死後に先制の適時打を許した。5回1失点と粘ったが、チームは1―3で敗れて敗戦投手。大会を通じて3試合に先発し、2勝1敗、防御率0.60だった。

 ≪最長タイ≫先発の前田健が7回を4安打無四死球で無失点。プロが参加した五輪、WBC、プレミア12で7回無失点は08年北京五輪予選リーグ・中国戦で涌井が記録して以来6人目の最長タイになる。また、7回無四死球で失点しなかったのは06年WBC準決勝・韓国戦の上原、08年北京五輪予選リーグ・カナダ戦の成瀬、前記涌井に次いで4人目だ。この日は7三振を奪い、強化試合を含めた国際試合では38イニングを投げ通算45奪三振。奪三振率は10・66と2桁台に乗せている。

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