【内田雅也の追球】甲子園の魔物が明暗を分けた 跳ねないゴロを捕った阪神、後逸した巨人

[ 2021年7月10日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4-1巨人 ( 2021年7月9日    甲子園 )

<神・巨(13)>7回コールドゲームで勝利を収め、水浸しのグラウンドの向こうでファンにあいさつする阪神ナイン(撮影・北條 貴史)
Photo By スポニチ

 「甲子園の土守(つちもり)」と呼ばれた伝説のグラウンドキーパー、藤本治一郎はグラウンドにシートをかぶせるのを嫌っていた。

 著書『甲子園球児“一勝”の土』(講談社)に<「土はいきもの」であるから>と記している。<やはり雨の降るときは雨に打たせた方がいい。それをシートでシャットアウトすると、土は拗(す)ねるのだ>。

 試合前、甲子園は内野全面シートが敷かれていた。土が拗ねていた。

 何も証明しようがないが、この夜の一戦は内野守備が明暗を分けるのではないかとみていた。連日の雨で土の状態が変わっている。しかも両チームとも試合前練習は室内で、シートノックも行っていない。内野手はゴロの転がり方をつかめていないからだ。

 すると、序盤に相手巨人内野陣にエラーが相次いで阪神は先取点を拾った。3回裏、先頭・佐藤輝明の一ゴロをゼラス・ウィーラーが後逸した。続く中野拓夢の遊撃正面のゴロを坂本勇人が後逸した。股間を抜ける見事なトンネルだった。遊ゴロ併殺の打球が無死一、三塁と好機が広がった。

 いずれもミット、グラブの下を抜けていった。阪神園芸甲子園施設部長の金沢健児は「甲子園のイレギュラーバウンドには跳ねるのと、逆に沈むのもある」と話していたのを思い出す。甲子園の魔物の一部である。

 1死後、近本光司が追い込まれた後のフォークに食らいつき、二ゴロで三塁走者を迎え入れた。三振を避け、走者を還す好打をたたえたい。

 阪神も1回表1死一塁で丸佳浩二ゴロの、最後のバウンドが沈み、糸原健斗があやうく後逸しそうだった。失策していれば1死一、二塁か一、三塁でクリーンアップトリオを迎えるところだった。

 5回裏から降り始めた雨が強まり、7回表無死二、三塁で中断。コールドゲームが宣告された。天を、いや魔物を味方につけての勝利だった。

 「生きもの」の土とどう付き合うか。藤本の娘婿、後継者となった辻啓之介は、頑固な「おやじ」からよく「土としゃべらんかい」と言われたと聞いた。土が何を思っているのか耳をすませというわけだ。土と対話できるようになれば一人前である。

 教えは甲子園を本拠地とする阪神の内野手たちにも通じている。今や12球団本拠地球場で内野が土なのは甲子園だけなのだ。随分と改善されてきているが、今も内野守備は課題として横たわっていると認識しておきたい。

 この日は結果として、処理した糸原と、後逸した巨人で明暗が分かれたわけだ。魔物が教えてくれた教訓的な1勝として覚えておきたい。 =敬称略= (編集委員)

続きを表示

この記事のフォト

2021年7月10日のニュース