元小結・豊山死去…72歳、膵臓がん 曲がったことを嫌い、ドーベルマンが逃げ出す厳しさ

[ 2020年9月25日 05:31 ]

先代湊親方の長浜広光さん
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 大相撲の元小結・豊山で先代湊親方の長浜広光(ながはま・ひろみつ)さんが19日に死去したことが24日、分かった。日本相撲協会関係者が明らかにした。72歳。1年ほど前から膵臓(すいぞう)がんを患っていたという。

 新潟・新発田農高では高校横綱に輝き、東京農大に進学。学生時代は日大に在学していた元横綱・輪島らとしのぎを削り、4年次には全日本選手権で準優勝の成績を残している。同じ新潟県出身で、大学の先輩でもある当時の時津風親方(元大関・豊山)にスカウトされ、時津風部屋に入門。1970年(昭45)春場所に幕下付け出しで初土俵を踏んだ。デビュー2場所目から2場所連続で幕下優勝を飾り、70年秋場所で新十両昇進。71年九州場所で新入幕を果たした。

 突っ張りからの右四つ、つり寄りを得意とし、幕内は通算51場所務めた。学生時代からのライバルだった輪島には滅法強く、通算成績は8勝12敗。金星は通算8個のうちの半分の4個を輪島から獲得した。ともに十両だった70年九州場所8日目には、十両の取組にもかかわらず懸賞金が付いた。小結は通算4場所務め、三賞は殊勲賞1回、敢闘賞2回。デビューから一度も休場せず、十両だった81年夏場所を最後に現役を引退した。

 引退後は年寄「湊」を襲名し、82年に時津風部屋から独立して湊部屋を創設した。律儀で生真面目な性格で、曲がったことが大嫌いだった。あまりの厳しさに、当時飼っていた番犬として知られるドーベルマンが恐れをなして逃げ出したことがあると、関係者はまことしやかに話していた。厳しい指導のかいもあって、現在の湊親方である元幕内・湊富士らを育てた。日本相撲協会では長く審判部に在籍。監事などを務め、2012年に退職していた。

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