追悼連載~「コービー激動の41年」その10 学力もあったブライアント 最後まで迷った進路
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1996年4月。高校最後のシーズンをペンシルベニア州選手権の優勝という素晴らしい結果で終えたコービー・ブライアントに進路を決めるべき季節が訪れていた。しかし当時、恥ずかしがり屋として有名だった17歳の少年は「まだ決めていません」と同じことを言い続け、群がる記者たちをがっかりさせている。
それは無理もなかった。確かにNBA入りはささやかれていたが、大学への進学も選択肢のひとつだった。なぜならコービーは一般の高校生として見ても、大学進学基準を満たしていたからである。全科目の平均はBクラス。けっして秀才レベルではなかったが、バスケットボールに没頭しながらも勉強を怠っていたわけではなかった。米国では大学に進む生徒は適性試験(SAT1=1901年導入)を受験する。SATは国語(英語)の語彙力と文章の理解度を見るCritical Readingと、文法と文章構成力のWriting、さらに数学の3つから構成され、満点は2400点(2016年から1600点)。コービーは1080点(偏差値だと50を少し超えたあたり)をマークしており、スポーツの奨学生ではなく一般の学生としてもどこかの大学に入学できたはずだった。
日本の教育水準は世界的に見ても高い方なので、スポーツ選手が学力の平均値を保っていることへのニュース性はないと言ったほうがいいだろう。ところが米国ではスポーツ選手の学力は両極端だ。それは家庭環境にも影響されていて、例えば犯罪多発地域で育った少年は教育的には恵まれずそれが人生を歪める原因にもなっている。
私は1980年代後半から90年代前半にカレッジ・フットボールの取材で全米の強豪校と呼ばれるいくつかの大学を取材したことがある。大学の看板を背負う選手はそれなりにメディアへの応対やしゃべり方を指導されているが、それでも時々、常識を疑うような態度を見せる選手に出会ったことがある。
その選手はのちにNFLでプレーすることになるのだが、インタビュー時にハンバーガーを食べ、右足を机の上に投げ出して、そっくりかえっていた。床にはソースがポタポタ落ちて不愉快そのもの。その後、大学のスタッフがわたしに「失礼な態度ですみません」とあやまってきたが、「彼はあんな感じで授業に出ているの?」とたずねると「ここだけの話ですが、単位は専属のコーディネーターによる個人授業でクリアしているんです」と言われたことがある。おそらく勉強はしていなかったと思う。そして米国の各大学を回ると、いろいろな噂が耳に入ってきた。
南部のある有名大学がフットボールの優秀な高校生をスカウト。両親は麻薬の密売人で、小学校さえもまともに通わせてもらえなかった。高校まで行けたのは「学校にいないと犯罪者の1人になってしまう」という周囲の配慮から。スポーツだけが彼を救う手段だった。
だがいざ大学に入るとなると、どうしても最低限の学力が必要になる。そこでその大学幹部はひとつだけ彼に事前の模擬テストを行った。「コーヒー(COFFEE)のスペルを書いてくれ。ひとつでも合えば入学できるように取りはからってみる」。結果は不合格。彼はコーヒーを「KAWPHY」と書いてしまったのである。落第した生徒を責めてはいけない。南部の黒人教会で手渡される賛美歌の歌詞を見ると、正確なスペルではなく「音」だけで表記しているケースもある。きちんと書くと発音できない信徒がいるからで米国にはそんな未成熟な部分が社会の奥深くに潜んでいる。
そんな時代を駆け抜けていったブライアント。進路を決めるには1カ月ほどの時間が必要だった。大学か?プロか?現在ならその答えはソーシャルネットワークでサラリと公表するのかもしれないが、当時は違った。1996年4月29日。これが彼にとって最初の「運命の日」となった。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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