稀勢の里引退 綱の責任とは…勇気持って休むという選択肢があれば

[ 2019年1月18日 10:00 ]

緊急連載 和製横綱・稀勢の里散る(中)

17年春場所、日馬富士戦で左大胸筋を痛めた稀勢の里
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 稀勢の里は横綱昇進が決まった17年初場所後の昇進伝達式での口上で「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」と述べた。言葉通り、どんな逆境にも立ち向かって最高位の権威を保とうとした。結果、愚直な思いは在位12場所の短命に終わる要因となった。

 新横綱場所で優勝を飾った17年春場所、13日目の日馬富士戦で敗れた際に左大胸筋などを痛めた。治療した柔道整復師は「普通の力士なら休場」と見ていた。大胸筋は後の精密検査で部分断裂と判明する。それでも稀勢の里は土俵に上がり続けた。ケガで休むということは自分に負けるということ。真っ向勝負を貫いてきた男にとって、それは考えられないことだった。強行出場で奇跡の逆転優勝を成し遂げたものの、そこから8場所連続休場。順風に見られた相撲人生は暗転した。

 松宮整形外科の松宮是哲(これひさ)院長は大胸筋部分断裂について「普通なら2〜3カ月で治る」と話す。その上で「復帰が早くなったことで相撲のバランスが崩れた可能性もある」と推測する。現に、左大胸筋以外にも負傷を抱えることになった。17年名古屋場所は左足首を痛め、同年九州は腰痛を発症。武蔵川親方(元横綱・武蔵丸)も「暖かくて一番治りやすい夏に休んでおけば、筋肉も言うことを聞いてくれた。横綱の責任は出場ではない。勝つことだ」と判断ミスを指摘した。

 途中休場となった18年初場所は場所中に異変が起きた。「初日、2日目と状態は良かった。3日目ぐらいから筋肉の収縮が悪くなって、力が入りにくくなった」。9場所ぶり皆勤で10勝を挙げた昨年秋場所は「たまたま勝ったようなところがあった」と振り返り、初日から4連敗した昨年九州場所後は「左は今もちゃんと力が入らない」という状態だった。今場所は本来の力を出し切れていないことを自覚しながら土俵に上がり、8連敗で土俵から去った。勇気を持って休むという選択肢があれば、その相撲人生は変わっていたかもしれない。

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