【コラム】金子達仁

ラグビー界に続けるか“プレイド・イン・ジャパン”

[ 2019年10月8日 15:00 ]

<日本代表練習>練習冒頭にランニングする(左から)畠中、橋本、板倉、遠藤、シュミット・ダニエル、川島、植田、原口、中島、酒井(撮影・大塚 徹)
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 思い出した。

 22年前の11月16日。興奮しつつ呆然(ぼうぜん)とし、笑いながら涙したあの日のこと。これで日本サッカーの未来は変わる、きっと変わる、変わってくれると念じたこと。

 シンガポールから6時間あまりのフライトを終えて降り立った日本の空気が、数日前とは明らかに違っていたこと――。

 それまで一部マニアや熱狂的なファンだけのものだったスポーツが、一夜にして国中の関心事となる。他の国ではまずありえず、もちろん、日本でもほとんどありえないことだが、しかし、そういうことが起きた過去があることを日本人は知っている。サッカーファンは特に知っている。

 いま、日本のラグビーはあのときと同じとば口に立っている。もちろん、この先のあり方次第で未来はどうにでも変わってしまうが、少なくとも、97年11月16日の日本サッカー界が夢見たのとほぼ同じ可能性を、現時点では秘めている。

 考えさせられることは多い。

 Jリーグ、あるいは日本代表の試合会場にあるのは応援と歓喜、喧騒(けんそう)と爆発である。だが、19年9月28日のエコパにあったのは、祈りと歓喜、静寂と爆発だった。

 どちらが優れ、どちらが劣っているということではない。ただ、わたしは日本のスタジアムでは生まれて初めて、4万を超える観衆が固唾(かたず)をのむ静けさを体験することができた。だからだろうか、あまり熱狂的というイメージのなかったエコパというスタジアムが、未曾有の熱を発したようにも感じられた。バレーでも、野球でも、日本の球技では味わったことのない強烈な落差だった。

 これはこれで、悪くない。素晴らしく、悪くない。

 日の丸をつけて戦うチームに多くの外国人選手が名を連ねていることには、未(いま)だ抵抗を持つ人たちもいるようだ。わからないではない。わたし自身、4年前まではどこか引っかかるところがあった。

 だが、リーチ・マイケルはメッシではないし、ピーター・ラブスカフニもクリロナではない。もし、彼らが大会終了後に世界中のラグビー関係者から高い評価を受けるとしたら、それは出自に原因があるのではなく、日本でやってきたことが大きかったのではないか。

 つまり、こういうことだ。

 いま、日本の中古建設機械が外国人のバイヤーに大人気なのだという。主に発展途上国からやってくる彼らは、メイド・イン・ジャパンであると同時に、ユーズド・イン・ジャパンであることを重視する。日本で使われた重機であれば、メンテナンスもしっかりしており、中古であっても十分に使えるというのだ。

 過去、Jに所属しながらW杯に出場した選手は何人もいたが、彼らは、日本に来る前からビッグネームだった。残念ながら、今回のラグビーのような、プレイド・イン・ジャパンが代表選考の理由になった選手は――韓国を除くと、いない。

 もしJリーグでプレーしていることが、外国人にとって自国代表に直結する時代になれば――。

 できないことだろうか?そうは思わない。もっと難しいことを、いま、日本のラグビー界はなし遂げようとしている。(金子達仁氏=スポーツライター)

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