遠藤渓太、ドイツで自分を変えたい 久保のスペインでの活躍が刺激に

[ 2020年8月8日 05:30 ]

横浜からウニオン・ベルリンに移籍した遠藤
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 横浜からドイツ1部ウニオン・ベルリンに移籍したU―23日本代表MF遠藤渓太(22)がスポニチの単独取材に応じ、初の移籍に懸ける思いを語った。東京五輪まで1年のタイミングで「順調」だった道を断ち、未知の世界へ――。下部組織から一筋で育ってきた横浜を離れ、海外挑戦を志すきっかけとなった2つの背景とは? 

 小学生の頃、学校で下敷きが配られた。街にはポスターが貼られていた。クラブが身近にあふれ、自然と「マリノスでプロになるのがこの街でヒーローになる唯一の道」と志すようになった。夢がかなってから4年半。愛着のある横浜を離れ遠藤はドイツに旅立った。

 「今まで自分の人生は順調にいきすぎていたし、ヨーロッパに行った自分がどうなるか楽しみ。やっぱりすぐにマリノスには帰ってきたくない。本当に簡単なことじゃないと思いますけど」

 契約は来年6月末までの期限付き。だが、来季の結果次第では完全移籍につながる買い取りオプションが付く。「帰ってきたくない」の言葉には、送り出してくれた横浜の意気に応えたいという思いと、成功への強い意志が込められている。

 「まずレンタルで1年という身なので、それ(完全移籍)を勝ち取るという意味で、勝負のシーズン。ヨーロッパにしっかり残って活躍するためにも。代表はその先に必然的にあるものだと思うので」

 移籍を志した背景には、2人の身近な存在があった。横浜で同僚だった同じ五輪世代の三好(アントワープ)と、久保(マジョルカ)。三好のいるベルギーはコロナ禍でリーグが打ち切られたが、再開したスペインの久保の活躍ぶりはDAZNでずっと見ていたという。

 「建英(久保)に関してはなかなか(シーズンの)最初はうまくいかなかったこともあったと思うんですけど、最近の活躍を見ているとチームの中心だし、市場価値とかも凄くあって。それは彼がマジョルカで活躍して、自分で勝ち得たものだと思う。自分よりもはるか年下の彼がそこまでできるのはやっぱり凄いことだし、なおさら諦めずにやることが大事だなと思った」。久保は4学年下だが「プレーぶりも含め何においても建英の方が間違いなく上」と認める。自然と「自分も」と海外を志すようになった。

 そしてもう一つ、転機となったのが今年1月のU―23アジア選手権(タイ)だ。出場機会のないまま1次リーグ敗退。「やっぱりあそこで悔しさは始まった。このままやっていけばいいと、正直一ミリも思わなかった。何かを変えないと現状は変わらないなと思ったし、そういう中でこういう話が転がりこんできて、転換期になればいいかなと思った」

 遠藤の胸の内には、横浜でもドイツでも、五輪代表入りの有利不利は変わらず「どちらにしろ自分でつかむもの」という思いがある。「自分にプレッシャーを与えるため」に、移籍発表時のリリースには「泥水をすすってでも何かをつかむ」と記した。自ら選択し、立った岐路。新たなサッカー人生の幕が開く。

 ◆遠藤 渓太(えんどう・けいた)1997年(平9)11月22日生まれ、横浜市出身の22歳。二俣川SC―横浜ジュニアユース―横浜ユースを経て16年にトップチーム昇格。1年目からJ1で23試合に出場した。18年ルヴァン杯でニューヒーロー賞。各年代別日本代表に選出され昨年12月のE―1選手権中国戦でA代表デビュー。好きな選手はベルギー代表MFアザール。趣味は魚観賞。ペットだったドンコとはお別れした。1メートル75、66キロ。利き足は右。

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