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白血病から復帰目指す早川史哉 背中を押してくれた存在に涙「その子あっての今だと…」

[ 2019年1月6日 16:43 ]

昨年11月、練習に参加した新潟のDF早川史哉
Photo By スポニチ

 急性白血病からの復帰を目指すDF早川史哉(24=J2新潟)の姿を追ったNHKのドキュメンタリー番組「背負う思いを力に変えて〜早川史哉・白血病からの2年半〜」が6日午前2時40分から放送された。

 早川は新潟のジュニアユース、ユースとアカデミー(育成部門)で育ち、筑波大を経て2016年に新潟入り。新潟ユース時代の2011年にはU―17ワールドカップ(W杯)メキシコ大会に現日本代表のMF南野拓実(23=ザルツブルク)らとともに出場し、16年の新潟入り後も新人ながら開幕戦の先発メンバーに選ばれフル出場するなど、将来が期待された。

 だが、ベンチ入りしていた同年4月24日の明治安田生命J1リーグ第1ステージ第8節・名古屋戦(パロ瑞穂)後にリンパ節に腫れが見られたため、翌25日に新潟市内の病院を受診。その後の精密検査で急性白血病と判明したことを6月13日に公表して闘病生活に入り、11月に造血幹細胞移植の手術を受けた。

 翌17年1月にクラブは早川の治療を優先するため選手契約を一時凍結することを発表したが、18年11月に一時凍結を解除。番組放送前日の1月5日に19年シーズンの契約更新に合意したとクラブが発表、完全復帰に向けて歩みを進めている。

番組はそんな早川の姿を時間をかけて追った。10カ月に及んだ入院生活では筋肉が衰え、体重も10キロ減少。免疫機能も著しく落ちたため食事も制限され「納豆卵かけご飯が食べたい」という小さな望みも叶わない。それでも、早川のいないピッチに向けて毎試合、早川のチャント(応援歌)を歌ってくれるサポーターのためにももう一度ピッチへ戻りたい――。

 背中を押す大きな存在は他にもあった。入院中に出会った、重い小児がんを患う中学生の少女だ。ともに無菌室での生活。そして早川が骨髄移植を受ける前、その少女から“アルビカラー”のオレンジと青の輪ゴムで編まれたアクセサリーを受け取った。少女は抗がん剤治療を受けている最中にもかかわらずアクセサリーを手作り。「がんばってください」と声をかけてくれたのだという。

 「病院に入ってからあんまり人と話すこともなかったし、同じような病気の子と。僕を励まそうとしてくれてる優しい心にすごく心があったかくなった。その子みたいに、自分もそういう存在になれたらいいなあって、誰かの元気が出るような存在になりたいなって強く思い直したっていうか」。早川が自宅に戻れるようになった頃。残念ながらその少女は息を引き取った。「本当に、その子あっての今だと思うし…」。言葉が続かず、何度も目元をぬぐった早川。「自分も頑張らないといけないなって…」と何度も鼻をすすった。

 現在はユースチームに交じって徐々に練習を始め、高校生相手の練習試合にも出場した。だが、長いブランクのため体が思うように動かず、ボールを奪われてしまうことも。「もどかしいですね。本当にもどかしいですね。ちょっと前までは動ける喜びの方が大きかったですけど、今はちょっと動きの質とかに悩むことが多いので。そこが本当に課題だと思うので、そこをいかに自分で戻していけるか試されていると思いますし、そこが戻せなかったらプロには戻れないと思うので…」。

 練習後の体の疲労にも苦しめられ「キツい練習をやった次の日なんて正直(体が)役に立たない状況」だという早川。それでも「正直、10歳も離れている子たちにサッカーで負けるのは悔しいことだし、情けない。それでも、そういう情けない部分をさらけ出してでも自分自身向上したいという思いがある。その思いに比べたら、そのぐらいの悔しさはなんでもないのかなって」と前を向いた。

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2019年1月6日のニュース