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【1975年2月】私鉄沿線/野口五郎 五郎連続1位達成も 兄はプレッシャーで…

 ★75年2月ランキング★
1 私鉄沿線/野口五郎
2 22才の別れ/風
3 はじめての出来事/桜田淳子
4 愛の迷い子/アグネス・チャン
5 さらばハイセイコー/増沢末夫
6 おんなの夢/八代亜紀
7 冬の色/山口百恵
8 学校の先生/坂上二郎
9 木枯しの二人/伊藤咲子
10 初めてのひと/西川峰子
注目昭和枯れすすき/さくらと一郎
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。

【私鉄沿線/野口五郎】
 74年10月リリースの「甘い生活」に続いて、2曲連続してオリコンランキング1位に輝いた、野口五郎の代表曲。45万枚をセールスしたヒット曲だが、この曲には野口自身にも、作詞の山上路夫、作曲の佐藤寛にとっても忘れられないエピソードが詰まっている。

 75年1月21日に発売。同時に野口にとって初の出演映画となる「再会」の撮影がこの日から始まった。話題作りとしては芸能マスコミに格好のネタを提供した形となり、宣伝効果は抜群。2月10日付のオリコンチャートでトップに立った。これまでとテイストの違ったややニューミュージック調の雰囲気をかもし出しており、野口ファンの女性以外もレコード店の店頭で手に取る姿が見られた。年末の日本レコード大賞で歌唱賞、日本有線大賞ではグランプリを獲得した。

 そのオリコンで1位となった2月10日は、作曲した佐藤が十二指腸潰瘍で入院、手術した日でもあった。佐藤は野口の7歳年上の実兄で、弟の作品をアルバムなどで手掛けていた。兄が音楽をやっていた関係で、野口もその世界に足を踏み入れることになった運命の人。神経性の病は、前作で山上・筒美京平コンビで1位をとっていたことから、相当プレッシャーを感じていたものと思われ、弟の五郎はそう考えると落ち着かなかった。

 どうしてもヒットしてほしい…。その願いが通じての3週連続1位だったが、ヒットが一段落した4月には今度は野口がヘルニアで休養を取ることに。売れた裏ではそんな“痛み”も伴なっていた。

 「私鉄沿線」というタイトルにこだわったのは山上だった。当時の国鉄の駅に比べてこじんまりとした雰囲気を思い浮かべた山上が曲調と出来上がった歌詞からこれで行きたい、と推したものだった。

 だが、制作スタッフからは反対された。「漢字4文字は硬い」「アイドルっぽくない」。妥協案として「愛の私鉄沿線」にしては、という意見も出たが、それでは演歌のようだ。結局山上が押し切った形となったが、ヒットした後は反対したスタッフが口をそろえて「いいタイトルだ」と態度が変わったとか。今でも「あの曲はうちの近く沿線をモデルにしている」という人が多いというが、山上は特定の場所を描いたのではなく、自らのイメージを膨らませただけとしている。

[ 2012年2月10日 06:00 ]

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