走れ又吉、芥川賞へ 小説「火花」でスパーク!「文学界」初増刷

[ 2015年2月24日 10:30 ]

デビュー作の「花火」で文学界に新風を巻き起こす「ピース」の又吉。芥川賞の最有力候補に挙がる

 文芸雑誌「文学界」2月号で、芸人の生きざまを描いた中編小説「火花」を発表し、話題を呼んでいるお笑いコンビ「ピース」の又吉直樹(34)。1933年に創刊した同誌82年の歴史で初めて増刷が決まるなど、普段は小説を読まない層からも支持を集め、3月には単行本も発売される。芥川賞の呼び声高い作品を生み出した、太宰治をこよなく愛する芸人。その素顔に迫った。

 34歳独身、彼女なし。又吉は都内のマンションで後輩のジューシーズ・児玉智洋(35)、パンサー・向井慧(29)と3人で暮らしている。名前の売れている中年芸人が後輩と共同生活しているケースは聞いたことがない。今年9月まで一緒に住むという。

 「昔、風呂がなくて後輩と銭湯へ行っていた。その時“みんなでなら風呂のある家に住める”と言ってた。仕事が増えてボクが引っ越したら2人から“一緒に住むんとちゃうんかい”と文句が出た。それで2年計画で始めた」

 先輩は口約束を守るために同居へとかじを切った。「今、彼女が3人ともいないので大丈夫なんですけど、結婚は遅れそうやなって言うてます。ふふふ」。哲学者のような見た目と違い、又吉は「面白いから、まぁいいか」という感覚を大切にしているように見える。もちろん同居には経済的に大変な後輩をサポートする思いもある。

 「火花」では、そんな又吉世代の芸人を生々しく取り上げる。主人公は漫才師「スパークス」の徳永。「あほんだら」という漫才コンビを組む4歳年上の師匠・神谷との交流を軸に、若手の苦悩と?藤を描く。後輩と食事に行く場合、先輩が借金してでも面倒を見る“芸人ならでは”のルールも出てくる。登場人物は皆、悲しみを背負っていて、どこか優しく、笑って泣ける作品になっている。

 「ボクは切なさというか、うまくことが運んでいない時の面白さが好き。太宰の短編なんかでは、みんな失敗して恥をかく。そんな太宰文学というのが根底にある。突き抜けた明るさの中にも哀愁はあると思う。そういうことを書きたかった」

 中学時代、教科書に載っていた芥川龍之介の「トロッコ」にはまり、読んだ本は2000数百冊に及ぶ。太宰治が好きで、ダメ人間を描いた「人間失格」は自分のことではないかと感じた。これまでエッセーや短編を手掛けてきたが、原点となった純文学に本気で向き合ったのは初めて。昨年9月から3カ月かけて原稿用紙230枚分を仕上げた。

 「芸人としての仕事を終えて夜中0時ごろからパソコンに向かって4、5時間書く。1日3枚くらいしか書くことができなかった。1万字以下の短編は定期的に書いてましたけど、それはコントと同じ発想。ふざけ方も言葉の雰囲気も同じだったけど今回は違う。小説でしかないものが書けたと思います」

 小学校から書くことが好きだった。2年生の学芸会では脚本を担当した。演目は「赤ずきんちゃん」で、幼いながらも気になった“違和感”を題材にした。

 「日常会話は関西弁やのに劇だと標準語。それが恥ずかしくて赤ずきんちゃんのセリフを全部、関西弁に書き換えた。ボクは何にも面白くなかったんですけど大人たちは結構笑ってましたね」

 3歳年上でソフトボール部主将だった姉から「文化祭の出し物を考えて」と言われ、ネタを書いたこともある。それが小5くらいから一気に思春期に突入。人前に出るのが嫌になり、周囲を観察して「右へならえ」で、あえて皆と同じことを言うようにしていた時期もあった。

 芸人としてもネタを書き続け、物書きのベースともなっている、この観察眼。「火花」が小説でありながら、リアルに感じるのも物事を細かく見ているからだろう。出版界からは早くも芥川賞の最有力候補との声も上がる。創刊82年の「文学界」が初めて増刷したのも事件なら、3月11日発売の単行本も初版15万部と異例の扱いだ。

 取材中、又吉はじっと記者を見て視線を外すことはなかった。芥川賞については「そこは何も考えずに書きました…」と淡々としたものだったが、最後の「やり切った感は?」の質問には間髪入れず「ありますね。思い描いていたことはできたと思います」。その時だけは照れたように天井を見上げた。

 人の気持ちをくみ取って笑わせる芸人と人間の内面を描く純文学作家という職業は似ている。彼の眠たそうな大きな目は次のネタを探している。 

 ◆又吉 直樹(またよし・なおき)1980年(昭55)6月2日生まれの34歳。大阪府寝屋川市出身。北陽高ではサッカー部に所属し、左サイドバック。大阪府代表でインターハイにも出場。NSC東京5期生で99年4月に入学。03年に綾部と「ピース」を結成。趣味は読書、散歩。

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