イチロー引退…予定していた取材対応をキャンセルした松坂の思いとは

[ 2019年3月23日 09:15 ]

うつむきながら、ナゴヤ球場の室内練習場を離れる中日・松坂
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 中日の松坂大輔投手が数年前に話してくれたことがある。06年オフ、西武からポスティングシステムを利用してメジャー移籍を目指した時のことだ。

 「マリナーズには行きたくないというか、イチローさんと対戦したいとやんわり、大リーグの人に伝えたことがあります。それがマリナーズの球団にどれだけ伝わっていたかは僕は知りませんけど」

 当時のポスティングシステムは最高額を投じた球団が独占交渉権を獲得するものだった。もし、イチローが所属していたマリナーズが最高額を投じていたら…。「メジャーに行く理由の一つはイチローさんと対戦することでしたから」と松坂。同じア・リーグのレッドソックスに入ったことで、まず「イチローさんと対戦できる」と頭に浮かんだという。

 西武1年目の99年5月16日、オリックス・イチローとの初対決で4打席で3三振を奪ってから、メジャーで最後に対戦した12年10月3日(日本時間4日)まで、日米通算で61打数15安打、打率・246、1本塁打、7打点。平成を代表する名勝負を演じた。

 14年12月5日に松坂はソフトバンクの入団会見に臨んだ。日本球界には06年以来の復帰となる。実はイチローに報告することが怖かったという。前日4日に神戸に寄り、ようやくイチローに伝えた。何も言わずに行ってホテルに押し掛けたとも聞く。メジャーを離れることで、自ら対戦の機会を放棄したと思われたくなかったのかもしれない。ソフトバンクでは右肩手術も行うなど不遇な時を過ごしたが「絶対にもう1回対戦したい」との思いが消えることはなかった。

 3月21日にイチローが現役引退を表明した。翌22日に松坂は予定していた取材対応はせず、長文のメッセージを球団に託した。初めての対戦から20年。グラウンド内外で濃密な時間を過ごした日々を簡単に言い表せるものではない。気持ちの整理がついた時に、改めて松坂に聞いてみたいと思う。(記者コラム・倉橋 憲史)

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