谷繁監督 ノムさん超え弾 日本新26年連続本塁打、37年ぶり兼任弾

[ 2014年7月23日 05:30 ]

<D・中>2回無死一、三塁、谷繁は3ランを放つ

セ・リーグ 中日7-3DeNA

(7月22日 横浜)
 プロ野球史を塗り替える白球が、横浜の夕暮れの空にアーチをかけた。1―1の2回無死一、三塁。中日・谷繁兼任監督は、フルカウントから久保が投じた直球を完璧に捉えた。

 今季160打席目で飛び出した1号は、左翼席への決勝3ラン。26年連続本塁打は、野村克也の25年連続を上回るメモリアル弾となった。

 「行ったとは思ったけど久しく打っていなかったんでね。大したホームランバッターじゃないのに何とか毎年、少しずつ積み重ねてここまで来られた。プロの第一歩を踏み出した球場で打てたのは良かった」

 ダイヤモンドを一周しながら小さくガッツポーズをつくった。大洋(現DeNA)の高卒ルーキーだった89年5月27日、新潟・柏崎球場でヤクルトの尾花からプロ1号を放ってから通算228本目。かつての本拠地・横浜スタジアムで、球場別最多となる54本目の一発だった。兼任監督による本塁打も、77年の南海・野村克也以来、37年ぶりの快挙となった。

 大洋、横浜時代にバッテリーを組んだ盟友もこの瞬間を見つめていた。テレビ解説で球場を訪れた野球評論家・佐々木主浩氏。試合前に談笑した時、偶然にもこの本塁打記録の話になったという。試合後、谷繁兼任監督は、通路で待っていた佐々木氏にこの日一番の笑顔で「やったよ!」と報告。「(ご褒美の)ハワイ土産、何がいい?」と聞かれ「マンション!」と先輩をからかった。

 5回2死一、三塁の第3打席でも中前適時打を放ち、07年9月22日の広島戦(ナゴヤドーム)以来、7年ぶりの1試合4打点をマーク。後半戦に向け「選手としての割合が増えると思う。必死で頑張りたい」と話していたプレーイングマネジャーが、自らのバットでチームを引っ張った。今も自宅がある第二の故郷で演じた「谷繁ショー」。この夜ばかりは43歳の大ベテラン選手として輝いた。

 ▼中日・浜田(5四死球と苦しみながらも、5回4安打3失点で5勝目)フォームがバラバラで腕が振れなかった。相手打者と勝負できていなかった。

 ≪ノムさん以来37年ぶり≫谷繁(中)が今季初本塁打。新人の89年から26年連続本塁打となり、56~80年野村克也の25年を抜くプロ野球新記録を達成した。また、谷繁は06、07年古田敦也(ヤ)以来の兼任監督。古田は期間中に本塁打がなく兼任監督が本塁打を放つのは70~77年野村(南海=兼任時に合計200本)以来37年ぶりとなった。なお、谷繁は現在43歳7カ月。同年齢以上の本塁打は史上8人目だがセでは金本知憲(神)が最高44歳5カ月、山崎武司(中)が43歳8カ月で打って以来3人目。

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