まさかの長期2軍 浅尾 若い選手の姿で気づいた本来の自分

[ 2012年12月19日 13:08 ]

9月17日の巨人戦で127日ぶりに1軍登板を果たした中日・浅尾

野球人 中日・浅尾(下)

 5月26日のウエスタン・リーグ、ソフトバンク戦(雁の巣)で1イニングを投げ終えた後、浅尾の右肩に痛みが走った。29日に名古屋市内の病院で精密検査を受け「右肩関節腱板損傷」と診断された。重傷ではなく、全く投げられない状態ではなかっただけに、もどかしい日々が始まった。

 「きょう調子が良いと思ったら、次の日は全然ダメだったり。天気によって痛みが出たりとか。その繰り返しで全然、前に進めなかった。最初は1週間ぐらいで戻るつもりだったのに、それが10日になり、1カ月、2カ月になり。口では“焦っていない”と言っていたけど、本当は凄く焦っていた」

 結局、シーズン序盤に浅尾が戦い続けていた相手は、昨年の自分の幻影だった。79試合に登板し防御率0・41、リリーフ専門の投手として初めてMVPに輝いたスーパーセットアッパー。昨季以上の投球をしないと、自分のボールのイメージが残る打者には通用しない――。そんな恐怖感が投球のバランスを崩し、肩に無理をかけることになった。

 「去年が一番良かったとして、それを上回らないと抑えられないという思いがあった。それ以上の球を投げようとして、引っ掛けてしまったし、シュート回転して甘め、甘めにいったり。肩にも負担をかけてしまった」

 昨季の華々しい活躍で全国区のスターとなり、周囲からは「浅尾はどうした?」という声が耳に入る。「一日一日状態が違ったので、報道陣に聞かれるのが凄く嫌だった。でも投げられるのを見せないと1軍に上げてもらえない。本当は痛いのにキャッチボールしたりもした」。6月末に2軍戦で実戦復帰したが、1軍に再昇格したのはV逸が確定的となった後の9月17日だった。

 ただ、1軍復帰後はクライマックスシリーズも含めて13試合を無失点。復活の最大の要因となったのもまた、つらくて長い2軍生活だった。「若い選手が1軍に上がるために必死で練習、試合をしている。その姿を見て“ああ、そうだったんだ”と思った」。どんな超人でも毎年、MVP級の活躍をすることなど不可能だ。頭の中に棲みついていた幻影は姿を消し、07年に野球では無名の日本福祉大からプロの世界に飛び込んだ頃の気持ちがよみがえった。

 「下に落ちたら落ちたでつらいことはあったけど、1軍でやれるのがどれだけ幸せなことか、あらためて痛感した」。長く第一線でやるには、過去の自分との「いたちごっこ」は避けられないのかもしれない。だが、精神的に一回り大きくなった右腕が、今季のように長いトンネルにはまることはもうない。

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