三宅義信氏 今回の五輪が原点に返る転換点になるべき

[ 2021年7月25日 06:00 ]

日の丸を運ぶ、1964年東京五輪男子重量挙げ金メダルの三宅義信氏(左手前)、シドニー五輪女子マラソン金メダルの高橋尚子さん(右手前)ら=23日夜、国立競技場
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 【メダリストは見た 三宅義信氏】スポニチの五輪紙面でおなじみとなった名物コラムが今回も大会を彩る。第1回は1964年の東京五輪で世界新記録を樹立し、日本選手団の金メダル1号を獲得した重量挙げの三宅義信氏(81=東京国際大ウエートリフティング部監督)。世界新樹立27度、五輪と世界選手権合わせて6連覇という偉業の数々に彩られたレジェンドは、日本国旗を運ぶ大役を通して、前代未聞の開会式をどう見つめたのか。

 私は開会式に64年の金メダリストとして、スポーツに対する恩返しのつもりで参加させてもらった。会場は本当に無観客。何とも言えない気分になったよ。選手として五輪に4度、監督としても1度出場したが、こんなに寂しい開会式は初めてだ。そして、これは本当に平和の祭典なのだろうか、五輪なのだろうか、と思った。

 最初に断っておくが、私は五輪という舞台を批判することはできない。高校時代に重量挙げという競技と出合い、五輪という夢を持ってから、81歳になった今まで、人生をささげてきたのだ。だから、日本国民の多くが五輪開催に反対している今も、五輪そのものの存在は大切に思う。ただし、舞台を運営しているのは多くの皆さん、つまり人間だ。寂しい国立競技場を見つめながら、心に浮かんできたのは「なぜ、今なんだろう」という痛切な思いだけだ。

 五輪を目指し、世界一を目指すアスリートの4年間は尊い。挑戦する選手だけでなく、観戦している人々の人生に光を差す可能性を秘めているのが五輪だ。だが、新型コロナウイルスという敵は目に見えない。そして何より、命以上に大切なものはない。1年の開催延期という決断をした昨年、誰もがコロナの収束を願っていたはずだ。だが、実際には戦いが続いている。ならば、なぜ東京を24年まで延期し、パリは28年、ロサンゼルスは32年という考え方ができなかったのだろうか。

 五輪の歴史の中で、中止という選択がなされたことはある。愚かな人間による戦争が原因だった。今、人類が闘っているのは、戦争よりもっと怖いかもしれないウイルスだ。もし五輪を平和の祭典と呼び続けるのであれば、2020という大会を中止とし、24年への延期をすべきだった。他のスポーツイベントとの絡み、準備した会場のコスト問題。難題として聞こえてくるのは、総じてお金の問題ばかりだ。経済的な問題の詳細について語れるほど、私は詳しくはない。だが、命が最も大事という原則は不変なのではなかろうか。

 もう一つ、指摘しておきたい。64年の東京五輪は10月。日本が最も過ごしやすい最高の季節だった。現在のように夏季大会が7、8月開催と決められたのは、テレビ局の意向だと聞く。アスリートファーストをうたったのはこの東京五輪。気温40度に迫るコンディションは、選手にとって望ましい状況ではないことなど、火を見るより明らかではないか。ここにも経済的な問題がまとわりついてくる。

 現在の価値観に従った五輪運営の行く先は決して明るくないと、私は考えている。今回の東京五輪開催の最大の意義となるべきは、大会が原点に返るターニングポイントになるということに尽きる。例えば競技数を減らすとか、無駄なイベントを減らすとかして、お金をかけない運営方法を模索することはいくらでもできるはずだ。華美な大会はアスリートのためではない。選手が本当に求めているのは、努力を思い切って発露できる清らかな世界一決定の舞台だ。

 本格的に競技が始まった今大会において、私はもはや「成功」という言葉は使えないと考えている。少しでも多くのアスリートが持てる力を発揮し、悔いなきパフォーマンスを披露できるか。そして、コロナ感染者を一人でも少なく抑えられるか。ただそれだけだ。私は60年のローマ五輪開会式で、自分のサイズに合わない靴をもらってね。それでも日本の代表として恥ずかしいことはできないと、観客から見える右側の靴だけを履き、左の靴を手に持って行進した思い出がある。そんな誇らしい思いができなかった日本、そして世界中のアスリートに、今は「幸運を祈る」と伝えたい。

 ◇三宅 義信(みやけ・よしのぶ)1939年(昭14)11月24日生まれ、宮城県柴田郡村田町出身の81歳。大河原高2年から本格的に重量挙げを始め、法大2年時の60年ローマ五輪で銀メダル。64年東京五輪では日本選手団の金メダル1号を獲得し、68年メキシコで五輪連覇を達成。4位に終わった72年ミュンヘン五輪後に引退。現在は東京国際大の特命教授、ウエートリフティング部監督。NPO法人「ゴールドメダリストを育てる会」理事長。

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