白血病克服しピッチに復帰…J2新潟DF早川、池江にエール“周囲の期待に自分を見失わないで”

[ 2020年8月30日 05:30 ]

<福岡・新潟>後半から途中出場し1―0勝利に貢献した早川
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 急性白血病から復帰し、29日もJ2第15節の福岡戦に途中出場した新潟のDF早川史哉(26)が、約1年7カ月ぶりのレースに臨んだ池江璃花子にエールを送った。早川は16年4月から闘病生活を送り、昨年10月5日の鹿児島戦で1287日ぶりに公式戦に出場。自身の経験を踏まえ、復帰過程の心得にも言及した。

 過酷な闘病生活、復帰までの険しい道のり、そして再発への不安。白血病から競技に戻る難しさを誰よりも知るだけに、早川の言葉には重みがあった。池江と面識はないが、SNSや報道などで復帰過程を追っており「1年7カ月ぶりのレースは僕自身にとっても非常にうれしいニュース。実際に試合に出れば、練習では分からない気付きがたくさんある。大きな一歩を踏み出せたのではないかと思う」と祝福した。

 早川は新人時代の16年4月の発症後から闘病生活を送り、同11月に骨髄移植手術を受けた。17年6月に退院直後は歩くだけで息が上がったが、同年末にトレーニングを再開。クラブとの選手契約は一時凍結されたが18年11月に凍結が解除され、19年1月からチーム練習に合流。同10月5日の鹿児島戦で1287日ぶりに公式戦出場を果たした。

 入院中に10キロ近く減った体重は約半年で戻ったが「疲れやすく、踏ん張りが利かない状態は1年近く続いた。今も100とは言い切れない」と試行錯誤の日々。現在も半年に1回のペースで通院し、血液検査で再発がないかを確認している。

 白血病を患ってからは、露出が増えて注目度がアップし「周囲の期待もあり、自分を見失いそうになることが何度もあった。“自分をしっかり持って、現在地を正確に把握しないといけない”と常に自分に言い聞かせた。そこは最も苦労した部分」と、周囲の期待にのみ込まれそうになる精神面のコントロールに苦慮したという。

 自身の経験を踏まえ、池江には「パリ五輪という明確な目標がある中、いろいろな壁、難しい問題に直面すると思うが、自分のペースで一つ一つ解決していってほしい。彼女が元気に前に進んでいくことを願っています」との言葉を贈った。

 ◆早川 史哉(はやかわ・ふみや)1994年(平6)1月12日生まれ、新潟市出身の26歳。小学1年からサッカーを始め、新潟ジュニアユース、同ユース、筑波大でプレー。U―15~18まで各世代の日本代表を経験し、11年U―17W杯では8強に貢献した。16年に新潟入り。1メートル70、70キロ。血液型B。

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