照ノ富士を“支えた”元付け人・中板秀二さんも感激 「目標を決めたらできる人ですから」

[ 2020年8月3日 05:30 ]

大相撲7月場所千秋楽 ( 2020年8月2日    両国国技館 )

照ノ富士が寄り切りで御嶽海を破り、30場所ぶり2度目の優勝を決める(撮影・西海健太郎)
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 照ノ富士が関取になってから幕下に落ちるまで付け人を務めた元幕下・駿馬の中板秀二さん(38)も、苦楽を共にした照ノ富士の優勝で感慨に浸った。昨年夏場所限りで引退し、現在はデイサービス施設に介護士として勤務。取組の時間帯は送迎途中の車内だったため、ラジオ中継で優勝を知った。どん底からはい上がってきた復活劇に「大関に上がった時と違って、しっかり力を出して取っている感じ」と成長を感じ取っていた。

 照ノ富士より10歳上の中板さんは、間垣部屋時代からの兄弟子。13年春場所を最後に部屋が閉鎖になると一緒に伊勢ケ浜部屋に移った。照ノ富士にとっては兄のような存在であるとともに、絶対の信頼を置いている参謀役でもあった。

 付け人時代の一番の思い出は「前回の優勝」だ。2差を追う展開からの逆転優勝に「付け人は関取をサポートする立場なのですが、おこがましいようですが、本人と一緒に戦っているような感じでした。うれしかった」と振り返る。横綱になるのは時間の問題と言われていたが、その後、両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ、大関から転落。「付け人ができるのはハッパをかけることだけ」と精神面でも支えになってきた。

 大関から落ちたことで引退も考えた照ノ富士だが、ここまで復活できたのは「本人の気持ちの問題」とみている。「それまで自分たち(付け人)を頼りにしていたのが、私が引退(19年夏場所)したことで“自分でやらなきゃ”と思うようになった。元々目標を決めたらできる人ですから」。もう付け人ではなくなったが、今でも連絡を取り合っている。それが照ノ富士にとっては癒やしにもなっている。照ノ富士が「支えてくれた人がいたから」と感謝の言葉を口にしたように、中板さんがいたからこそ復活劇も生まれた。

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